
作家さんは、美観に優れた「美しい作品」を作るために、日々研鑽を積んでいます。
絵画でも、彫刻でも、陶芸でも、建築でも、音楽でも、その業界の美しさの理論があります。作家さんは、そういった理論を学んだりして、作品に磨きをかけています。
さて、その「美しい」って、いったい何なのでしょうか?
「美味しい」とか「大きい」という形容詞は、ハッキリ意味がわかりますね。でも、「美しい」って、冷静に考えてると、いまいちわからない感情です。
「なんか良い感じ〜」みたいな
確かに。考えたことなかったな…
美しい作品を考えるのは作家さんの仕事。ボクの領分ではない。と思っていたのですが、心理の探究者の端くれとして、どうしても気になってしまいました。
脳が「美しい」と感じる条件。脳科学・心理学・生物学の知見を統合して、種々の調査をした結果、なるほど。見えてきましたよ。
全ての「美」を言語化したとは言いませんが、大まかな法則性は確認できました。
- 絵だろうが、
- 彫刻だろうが、
- 音楽だろうが、
- 方程式だろうが、
あらゆるジャンル共通の法則性です。
また、「シンプル」vs「複雑」で、どちらが美しいかというのも、この法則性から導き出せます。
美大やデザインスクールで、この話が教えられているのかは不明。ですが、少なくとも、結構多ジャンルの本を読みまくっていて、この話は見たことがないです。
今回も、新しい世界の扉が開くかも?
見たことないのは、間違った結論だからじゃない?
多分間違ってないと思う。脳の構造と状況証拠は整合してる(一応、AIともみっちり話し込んだ)
動画こそありませんが、画像は盛りだくさんです。通信量無制限プランでない方は、Wi-Fi環境下が推奨です!
「美しい」って何なんだ?

順を追っていきましょう。
まずは、「美しい」という感情の正体を解き明かすところから。
…の前に、そもそも「感情とは何か」から入りましょうか。
- 美しい
- おいしい
- 腹立たしい
- スカッとした
といった感情そのものの正体です。
めっちゃ手前!
もう良い加減慣れたでしょ?
感情とは?
お気づきかもしれませんが、感情は2タイプに分けられます。
- ポジティブな感情(快楽)
美しい、おいしい、楽しい、気持ち良い - ネガティブな感情(苦痛)
イライラする、退屈、気持ち悪い
感情とは、脳からのフィードバックです。
身体が体験したイベントに対し、脳が良し悪しを判定して、その判定に見合った感情をフィードバックしているんですね。
「思考」と「感情」の違いは、思考は意識的に考えるもので、感情は無意識にオートで与えられるもの。思考はコントロールできますが、感情はコントロールできません。
ロジハラ系クレバーな上司は、よく「感情をコントロールしろ」と言いますが、コントロールできるのは感情そのものではなく、感情に任せた行動の方です。
生物学的リターンが、
- プラスなら → ポジティブな感情
- マイナスなら → ネガティブな感情
を割り当てているわけです。
生物学的リターンとは、「生存 or 繁殖」と思ってください。どちらかでも有利にするイベントであれば、脳は「よし、もっとやれ」ということで、ポジティブな感情を与えるわけです。
余談ですが、このようなメカニズムなので、「機械に人間の感情を持たせる」は、結構難しいわけです。人体にとって良いことは、機械には当てはまりませんから。
ふんふん。ここまではわかるよ
OK。少しずつ難しくなるからよく聞いてね
では、「美しい」という感情は?
「美しい」は、ポジティブな感情ですから、生命にプラスの影響があることがわかります。
ただ、「美味しい」や「痛い」のように、シーンが限定されていません。
- 美しい絵画
- 美しい音楽
- 美しい自然
- 美しい公式
- 美しい人生
など、割と何にでも適用できてしまいます。
そうだね…。え?どういう感情なんだろう?
汎用的な感情なんだね〜
- 視覚 → 美しい
- 聴覚 → 美しい
- 嗅覚 → あまり言わない
- 味覚 → あまり言わない
- 触覚 → あまり言わない
基本的には「視覚」「聴覚」に訴える感情のようです。
しかし、「ロジック」や「公式」のように、言語情報でも「美しい」と感じます。必ずしも、五感に限定されない感情であることもわかります。
えー!?
目と耳だけで感じるんじゃないんだ!ますますわからん!
引っ張ってもアレなんで、さっさと核心に移ろう
予測機械
脳は、「予測機械」と呼ばれています(本サイトではしばしば登場するフレーズ)。
世界を予測することで、
- 嵐に備えたり、
- 捕食者から逃げたり、
- 果物が採れるスポットを見つけたり、
といった準備・対処が可能になります。
逆に、全く予測できなければ、状況に翻弄され、後手後手になって、おそらくは命を危険に晒します。チャンスも物にできません。
世界の予測モデルを立てることは、生存確率を上げる重要な機能なのです。
子供が遊ぶのは、身の回りの事物に片っ端から触れることで、予測モデルを作っているのです。好奇心とは、予測モデルを立てたい欲求です。
大人は、身の回りの予測モデルが完成しているので、子供の遊びを退屈に感じます。しかし、この欲求に終わりはありません。
より高度なクロスワードパズルやミステリー小説、旅行などで、新しい予測モデルを立てようとします。ニュースを見れば、予測モデルを拡張できます。
なるほど、子供がニュースを見てもつまんないのは…
まだその段階じゃないってことよ
- 予測モデル通り(見慣れてる)→安心(ポジティブ)
- 予測できそう(新パターン検知)→興味(ポジティブ)
- 予測したら当たった(新パターン学習)→快感(ポジティブ)
- 予測不能(未知)→恐怖(ネガティブ)
という感情フィードバックになります。
実は、「美しい」と感じるものは、必ず①〜③に該当しています。
脳内では、謎解きを楽しむのと似たような感情が巻き起こっているのです。
謎解きと一緒…?まだ納得できないなぁ
だよね。例を見ながら確認していこう
簡単なデザインで確認しよう

『ノンデザイナーズブック』より、デザインの4原則を引用しましょう。
すなわち、
- 近接
- 整列
- 反復
- 対比
の4原則です。
このうち、「近接」と「対比」は、情報を理解しやすくするためのもので、美観の話ではありません。
「整列」と「反復」は、情報理解のしやすさもさることながら、美観にも通じています。
整列

上記は、どちらが美しいと思いますか?
- 「A」:ピッタリ等間隔に並んでいる
- 「B」:テキトーに並んでいる
「A」だね
なぜピッタリと間隔が同じだと、美しく見えるのか?
予測モデルを立てやすいからです。
パッと見て、「一定間隔で均等に並んでいる」と、配置の法則を推測できます。
全体を見ると、どうもこの推測は当たっていそう。
予測モデルを立てられました。仮にこの後ろに四角がずっと続くとしても、同じ法則で並ぶだろうと予測できます。
1つのルールで全部を説明できる。
脳はスッキリ。
めでたし、めでたし。
これが、「美しい」なのです。
等間隔じゃないと、並び方の法則性が釈然としません。四角が後に続くとしたら、どのような配置になるのか予測できない。
だから、気持ち悪い。
なるほど。まだ納得しきってないけど、言ってることはわかる
どんどん見ていこう
反復

上記では、どちらが美しいと思いますか?
- 「A」:一定のルールが繰り返されている
- 「B」:ルールはメチャクチャ
先ほどと同じですね。
同じルールで繰り返されていると、構造を理解しやすく、予測しやすいです。
ラーメン丼の美観は反復がキモだね
規則性→美しい
こちらは、色でパターンを変えてみました。

配色のルールがわかると、美しく見えますね?
配色のルールがわからないと、ごちゃごちゃして見えますね?
ここでの「美しい」は、
- 規則性を理解できた
- 予測モデルを立てられた
ということなのです。
幾何学模様が美しいのも、パターンを認識して、予測モデルを立てられるからです。

トップスとボトムスで別々の柄を合わせて「ごちゃごちゃ」に感じるのは、2つの規則が入り込んで、両者を統合させる規則を見出せないからです。
予測可能になって、脳が世界を理解した結果の「美しい」なんですね。
ここまで半信半疑だったけど、そんな気がしてきたぞ…
家紋の描き方
家紋は、パッと見でもなんとなく法則性がありそうに見えますね。
実は、単に並べただけでなく、かなり厳密な法則性によって成り立っています。
三つ巴
これは「三つ巴」の紋です。

何となくカッコよく配置したわけではなくて、円を規則的に配置した中に、必然的に現れる形なのです。
Appleのロゴ
ちゃんとした会社のブランドロゴも同様。何となくオシャレっぽい絵面をこさえたのではなく、ある法則に則って描かれています(だからプロの仕事なのです)。
例えば、Appleのロゴはこんな具合。

制作過程を見て初めて、隠された法則性を認識した気持ちになるでしょう。なるほど、こう描かれていたのかと。
しかし、無意識レベルでは、法則性を見抜いているんですね。具体的にどこがどうとは言えないけども、規則的に展開されているパターンに気づいているのです。
結果として、
- なんか収まりが良い
- なんかしっくり来る
- なんとなくバランスが良い
と感じます。
それが、「美しい」ってことですよ。
ここまでの話だと、「美しい」と「整ってる」は近しい感じだね
入り口はそう。後半は、単に「整っている」では収まらない話も出てくるよ
シンメトリー(左右対称)
名探偵コナンの劇場版第1作『時計仕掛けの摩天楼』では、連続爆破犯の建築家・森谷帝二が、若い頃に設計した失敗作を爆破して回りました。
何が失敗だったかと言えば、シンメトリー(左右対称)じゃなかったんですね。
本当はシンメトリーにしたかったんだよね
予算とかクライアント都合で妥協させられたんよな
シンメトリーも、一種の「反復」と言えるでしょう。左側と全く同じ構造が、左右反転させた形で、右側にも配置されている。パターンを予測しやすいですね。
予測しやすいから、左右対称は美しい。
平等院鳳凰堂

https://www.ana.co.jp/ja/us/japan-travel-planner/kyoto/0000008.htmlより引用
京都は宇治、10円玉でお馴染みの平等院鳳凰堂。
説明は不要ですね。
見てて安心感すら覚えるわ
ベルサイユ宮殿

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/gallery/120300762/より引用
フランス絶対王政の最盛期、太陽王ルイ14世が建てた絢爛豪華なベルサイユ宮殿。
建物から庭園、内装に至るまで、シンメトリーで設計されています。
ここまで揃えると壮観だね
別の要因も
シンメトリーの美しさに関しては、予測可能性とは別系統の理由も考えられます。
生物って、原則正面から見て、左右対称なんですよね。左右非対称になってしまうのは、何らかの障害(中身は色々です)を負っている可能性が示唆されます。
『ノートルダムの鐘』の主人公カジモドは、「容姿が醜い」という設定のキャラクター。どう描かれたかと言うと、顔と体が、左右対称じゃないんですね。
試しに、左右対称にしてみましょう。

かなり印象が変わります。
実際には、人間の顔は完全に左右対称ではないので、キッチリ対称になっているとちょっと不気味な感じは出ますが。
ホントだ!だいぶ違うな!
片腕だけ大きなカニ、あまり美しいとは思わない
美しい〇〇

様々な「美しい〇〇」の構造を理解することで、「美」の本質をおさらいしていきましょう。
「美 ≒ 整っている」は、概ね通用しますが、本質は「美 = 予測可能性」です。
そのことを、例を通して再確認してもらいたいと思います。
美しい公式
数学の公式は、しばしば「美しい」と表現されます。
どういう公式が美しいかといえば、
- 短く簡潔な公式で
- より多くの問題を解決する
公式です。
(ボクも中身はよくわかりませんが)オイラーの公式や、相対性理論の関数は、シンプルな式で表されています。
より少ない認知負荷で、より広範囲の世界を理解可能にする公式が、「美しい」のです。認知負荷圧縮率の高い、コスパの良い予測モデルということです。
美しいロジック
同じニュアンスは、数式以外にも見られます。
例えば、世界に影響を与えた歴史的著作。
- ホッブズ『リヴァイアサン』
- 韓非子『韓非子』
- マルクス『資本論』
数式ほど短くはないですが、文章を通して複雑な世界の構造を紐解いています。認知圧縮率は極めて高い。
正しいかどうかは、見る人のイデオロギーにもよりますが、正しいと思う人にとっては、これらは美しい理論書なのです。
フレームワークの類も同じだよね
認知負荷を圧縮して、世界を理解可能にする…か
美しい生き方
どんな生き方が美しいと思いますか?
- 信念を貫いた人?
- 丁寧な暮らしを実践する人?
- いつも身だしなみを整えている人?
どれも正解になり得るでしょうね。
それが「美しい」と思ったのなら、何であれ正解だ
共通している感覚は、「美しい=態度が守備一貫している」ということです。守備一貫しているから、予測しやすいのです。
ルパンや怪盗キッドは、言ってみれば悪党ですが、悪党なりの美学を持っています。ここでの「美学」とは、彼らが自分に課しているルールのこと。
- 弱い者からは盗まない
- 私利私欲のためには盗まない
- 人は殺さない
ルールを遵守するからこそ、悪人でも美しい生き方に感じるのです。
もちろん、人間の話ですから、単に筋が取っているだけでなく、「道徳」という意味も考慮されます。あまりに人の道から外れていたら、美しいとは思えませんね。
とにかく言えるのは、守備一貫していない人は、美しくないのです。
外ではいつも品の良い人が、家の中でも品が良かったら、それは美しい。家の中では、家族に当たり散らす内弁慶だったら、それは美しくない。
裏表がない人が美しいってことよね
ダブスタは美しくない。言葉と行動が一致しない人も美しくない
美しい顔
心理学では、「平均的な顔」が美しいとされています。目鼻立ちなどを全て平均値に収めた顔が、美しく見えるというものです。
つまり、もっとも「見慣れたパーツの顔」が美しいと。
- 目が小さすぎる/大きすぎる
- 目が寄りすぎている/離れすぎている
- 鼻が低すぎる/高すぎる
だと、予測モデルからはみ出しやすいんですね。
「ん?私の知っている人間の顔とちょっと違うな(←失礼)」と。
「変わったお顔立ちですね」って褒め言葉にならんでしょ?
確かにな
差別助長に受け取らないで欲しいのですが、やはり知っている範囲から外れていると、怖いんですね。異常に腕が長かったら怖いじゃないですか。顔面も同じ。
脳内では、こういう特徴の人はデータがないから、予想外の展開が起きるかもしれないと身構えるわけです。危険シグナルに対し、脳はネガティブな感情をアサインしているのです。
一方で、平均的な顔は見慣れており、全てが予測範囲内に収まります。とても安心できる顔です。ゆえに美しい。
「美しい」と「性的魅力」は別
人間の美醜でちょっと複雑なのは、「美人」と「エロい」は別物ということです。
「美人」とは、「見慣れた顔」です。予測しやすく安全な顔ということで、「生存」を有利にするフィードバックです。
一方で、「エロい」は、「繁殖」を有利にするフィードバックなので、別系統です。
ごっちゃになって「容姿の魅力」になっちゃってますが、別感情です。
男優さんでも女優さんでも、「美しい顔だな」と思うけど、「結婚したいな」と思わない人は、何人か思い浮かぶと思います。
細かいロジックは蛇足になるので割愛しますが、「女性の髪の長さ」は、男性には性的シグナルです。ショートとロングの平均ではなく、ロングの方が好まれる傾向が強いです。
シンプル vs 複雑
本章から、次の段階へ進みましょう。単に「整っている」の先の話です。
ここで語られるべきテーマは?
- 「シンプル」と、
- 「複雑」では、
どちらが美しいのかということ。
昨今は、シンプル路線が強いですね。
時代背景もあるでしょう。大量消費社会が到来してから、100年以上が経過しました。終わりなき欲望と膨張に、違和感を感じ始めた今日この頃。ゆり戻しとして、シンプルが叫ばれている。
Appleの影響は大きいでしょうね。禅哲学にインスピレーションを受けたスティーブ・ジョブズは、ミニマルな製品を志向しました。iPhone登場以来、AppleがプロダクトやUIのデザインに与えた影響は計り知れません。
しかし、脳の構造に、流行りも廃りもありませんから、美の本質に時代は関係ありません。
本当にシンプルが「美」の境地なのか?
これは興味深い話!
音楽の美しさ
音楽の例で、ニュアンスを掴んでもらいましょう。
「隣の部屋から漏れる話し声」や「工事現場の騒音」のような規則性のない音は、不快な音です。
一方で、「木魚の音」や「電車のガタンゴトン」は、不快ではありません。一定のリズムがあって、予測できるからです。「予測できる=今のところ危険はない=この先も危険はない」だから、安心して眠くなると。
しかし、木魚やガタンゴトンが「美しいか?」と問われれば、ちょっと違う。
音が単純すぎるのです。
パターン検知してから、予測モデルが完成するまでが早すぎて(カンタンすぎて)、退屈なんですね。予測モデルが立ってしまったら、もう注意深く聞き入る必要はありませんから。
高速道路の景色と同じよ
では、ポップスはどうでしょうか?
ドラムが刻む一定のリズムがありますね。規則性があります。それだけじゃなく、音程の変化があって、音律はもっと複雑になります。
よくよく聞いていると、「Aメロ→Bメロ→サビ」が繰り返されていることがわかります。
- 「この盛り上がりの後に、サビが来そう?」
- 「やっぱり来た!」
と、予測ゲームが成立しています。
そこが快感なのです。
「韻を踏む」も、そういうことか!
それでも、〜5分程度のポップスは、まだシンプル寄り
ブームが終わる曲と聴き続けられる曲
ブームになるポップスは、予測モデルが立てやすいキャッチーな音律を持っています。多くの場合は、子供でも理解しやすい。
しかし、単純なので、飽きが来るのも早い。「飽きる」とは、この先に予測モデルを立てられる見込みがなくなって、興味を失ったときの感情。
一方、同じポップスでも、繰り返しの鑑賞に耐える曲もあります。
そういった曲は、より複雑な音律を持っています。例えば、ラップパートやデスボイスを交えると、複雑さが増します。感覚的には「新しい」ですが、その正体は、予測モデルの絶妙な立てづらさにあるんですね。
サビを冒頭に持ってくるのも、予測モデルの裏切りとして機能するね
ジャズの魅力もここにあります。アドリブや、あえてリズムをずらすスイングによって、予測を微妙に外してきます。しかし、奏者の息が合っていて、調和は保たれています。
もっと複雑な予測ゲームを求めるオーディエンスは、交響曲を求めます。100年以上の繰り返しに耐えるとしたら、相当に複雑でなければなりません。
何度も変調があり、幾つもの予測パターンを求めます。豪速球からの緩いチェンジアップのように、予想を裏切ることもあります。しかし、調和は崩壊しない。聞くたびに新しい発見がある。だから、何度でも聞かれるわけです。
裏切りと調和…!
推測余地が美しい
「美しさ」とは、単に「予測しやすい」だけではないのです。
脳は、予測モデルの強化がご褒美です。シンプルすぎて、予測モデルが一瞬で完成してしまうと、その対象は「学習済み」で、関心の対象外になります。
極端な話、ただの「白い丸」を見せられても、学習する箇所がありません。だから、「美しい」とは思わないのです。
適度な認知負荷があって、「どれどれ、どんな規則性が隠れているんだろうか?」と推測する余地がないと、「美しい」という感情フィードバックは起きないわけです。
アンパンマンが子供にウケる理由
アンパンマンは、0〜3歳頃の子供にウケます。異常なヒット率です。親になって実感しましたが、好きにならない子供はいなんじゃないかと思うくらい。
見ているうちに色んなキャラを好きになりますが、最初は、誰よりも「アンパンマン」なんですよね。
「アンパンマンの顔」が、この年頃の脳にとって、ちょうど良い認知負荷なのだろうと思います。顔のパーツがほぼ正円で構成されていて、もちろん左右対称です。とても規則的。ちょっとした家紋のようです。
この年頃にとっては、この顔が黄金比なんだろうと思います。
卒業する頃には、アンパンマンの認知負荷では物足りなくなるんだね
シンプルは消極的な美
つまり、シンプルというのは、消極的な美しさなんですね。
要素を削ぎ落としたので、「ごちゃごちゃ=規則性なし」の減点を喰らうことはありません。外さない代わりに、大幅加点もありません。
「置きに行った美」というニュアンスです。
ファッションでイメージすると伝わりやすいでしょう。
トップス・ボトムス・シューズを全て、「シンプルな形」と「黒」で統一したとします。

キマってはいます。少なくとも、ゴチャついているよりはずっと良い。
でも、感銘までは受けないと思います。
まぁ無難って感じだね
一方で、「複雑な柄」や「鮮やかな色」や「特徴的な形」をうまく組み合わせて、調和が取れていたら。これは、本当にオシャレだなぁと目を奪われてしまいます。

なぜ目を奪われるかと言えば、脳がその法則性を見出して、予測モデルを立てようとするから。ギリギリ調和が取れている塩梅が、もっとも心地よい認知負荷なのです。
過ぎたるは及ばざるが如し。やりすぎて全く調和が取れていないと、「予測不可=ごちゃごちゃ」という評価になります。このラインを見極められる人が、本当にオシャレな人。
ま、まずはシンプルが基本ってことよ
真のオシャレはその先と…
シンプルな柄と複雑な柄
柄でも同じことが言えます。
シンプルな「ボーダー」「ドット」は、予測しやすいパターンです。外しにくい代わりに、大幅加点もありません。


理解しやすいので、子供向けには良いと思う
「子供らしい」って、こういうことか!
より複雑なパターンの方が、脳は予測モデルを立てようと認知力を働かせます。そして、規則性を発見すると、嬉しくなります。これが、「美しい」につながるんですね。
作家さんにはお馴染みのウィリアム・モリスの柄。美しいですね。

絵柄が複雑というのももちろんあります。が、よりクリティカルに効いているのは、パターンの切れ目が一瞬ではわからないところだと思います。
脳内実況すると、こんな具合です。
- 規則性あるな?
- どこからどこまでが1つの図案だろう…?
- あ、この範囲が繰り返されてるのか!?
- あぁ〜。そうだそうだ、こういう規則性だ!
という心地良い予測ゲーム。
これが美しいわけです。
ヤベェ。新しい扉が開いた気分だ…
自然は美しい
美しいと言えば、「自然」の話は避けて通れませんね。
- 大海原と水平線
- 雄大にそびえる縄文杉
- 真っ白な白銀の世界
- 咲き乱れるネモフィラ
これらを美しく思わない人などいるのでしょうか?
自然の美しさの秘密も、解き明かしていきましょう。
もちろん、これまでの話とガッツリつながってるよ!
楽しみ!
遺伝子が見慣れた光景

自然が美しいと思える1つの理由は、それが遺伝子がよく知っている光景だからというもの。
脳も、キリンの首と同じで、生物進化によって今の形にたどり着いています。100年や1000年では進化のタイムスパンには足りません。
脳が想定している世界は、旧石器時代〜せいぜい新石器時代です。当時存在しなかったスクリーンや印刷物は、脳は正味のところ理解していなかったりします。
人類が登場してからの700万年間、
- 青い空
- 青い海や湖
- 緑の木々
は、ずっと我々を包み込んでいました。
それらが危険なものであれば、脳はそれらを避けるように進化したはずです。危険色や突起形状に対するネガティブな感情は、そうして培われたものと想像できます。
一方で、ずっと共にあった光景というのは、人間にとって、予測しやすく安全なもの。そこに「美しい」という感情が宿っているではないでしょうか。
深い青を見て落ち着くのは、太古の祖先が海で暮らしていた頃の名残かも?
規則的な構造

自然物は、規則的な構造をしていることが多い。
- 海の波は、規則的な間隔で打ち寄せる
- 雪の結晶の構造
- 花びらの数には一定の法則がある(フィボナッチ数列)
デザイン界で使われる「黄金比」は、自然界のフィボナッチ数列から着想を得たものです。
花を美しいと思うのは、人類ほぼ共通です。花のどこが美しいのかと問われれば、花の持つ規則的な構造が美しいということなのでしょう。
生物の場合、身体の構造を設計しているのは遺伝子ですが、規則性なしではコード量が増えてしまいます。記述量を節約する上でも、同じ構造を繰り返すのがリーズナブルですね。
生物以外だと、物理学の作用で動く天体が、まず規則的な周期を持っています。天候やら季節やらというのは、天体の動きに起因しますから、当然規則性が生まれます。
自然は、一見無秩序に見えて、隠れた規則性の塊なんですね。
おそらくは、これが自然の美しさの最重要ポイントでしょう。
簡単に解き明かせるほどシンプルではないけど、そこかしこに規則性を見出せる。永遠に予測ゲームを展開できる。永遠に見ていられる。
自然は、ちょうど良い美の塩梅を持っています。
生物学者、地学者、物理学者は、ここに魅せられたんだろね
にゃるほどな〜
フラクタル構造
自然における規則的な構造の最たるものは、フラクタル構造です。
微妙に言葉で言い表しづらいんですけど、全体を見ても、一部を切り取っても、同じ構造をしているというもの。
スイミーみたいなもんかね?
視覚的にわかりやすいのは、カリフラワーの「ロマネスコ」という種。

なんだコレ!?
吸い込まれそう!
ずっと見ていられる、不思議な引力があります。
その引力の正体は…もうわかりますね?
- 入道雲
- リアス式海岸
- 雪の結晶
- 稲妻
- 毛細血管
にも、フラクタル構造が見られます。
古代インド哲学には、「梵我一如(ぼんがいちにょ)」という概念があります。
- 梵(ブラフマン):宇宙、森羅万象
- 我(アートマン):個々人の内側にある本質
で、「一如」は「同じだよ」という意味です。
個々の人の中には、大きな宇宙と同じ構造の、小宇宙が広がっている。つまり、フラクタル構造です。だから、「我」を理解すれば、全宇宙を理解したことになる。
なるほど。大変美しい理論じゃないでしょうか?
見晴らしの良い景色
自然で特に美しいと感じるのは、「見晴らしの良い景色」ですね。自然に限らず、大都会の中でも同じでしょう。
どこでも良いですから「景色」で検索してみてください。面白いくらい、見通しの良い光景しかヒットしませんから。

この現象は、「prospect-refuge-theory(眺望−隠れ場理論)」と呼ばれています。
- 危険を察知するために見晴らしが良い場所(prospect)
- 身の安全を守るための隠れ場(refuge)
の両方を満たす空間に、心地よさを感じるという理論です。
「見晴らしが良い=周りの構造がよく見える=予測モデル立てられる」なので、脳にとってはご褒美。高台や水辺などが好まれます。
確かにそうですよね。見知らぬ土地でも、見晴らしの良い丘の上から360度を見渡せば、自分がどこに行くべきかが推測できます。
戦で丘の上に陣を張るのは、合戦で重力の勢いを味方につける意味もありますが、主として敵の出方を予測するためです。
まさか、ここまでとはな…!
感情フィードバックは、全てを見通している!
光の美しさは普遍

どんどん深みに入っていきましょう。
視覚的に世界を把握するために、光は最重要ファクターになります。
もし光がなかったら?
世界は墨で塗りつぶしたように真っ黒になります。何も見えません。
光があるからこそ、世界を理解できるのです。
色と光の関係
色を認識できるのも、光のおかげ。そもそもモノ自体には色はなくて、色を持っているのは光の方です。
光の中には、人間の目が色を識別できる可視光線が含まれています。あの虹の七色です。魚眼レンズやプリズムの反射でも確認できます。
普段、光が透明に見えるのは、すべての色が混ざると透明になるからです。絵の具ですべての色を混ぜると黒になりますが、光だと白くなります。
リンゴが赤く見えるのは、リンゴ自体が赤いのではなく、可視光線の赤の波長を反射する性質を持っているため。リンゴは、赤い光を反射した結果、赤く見えるのです。

まず持って、世界に彩りの情報をくれる「色」は美しい。
- 虹が美しい
- イルミネーションが美しい
- オーロラが美しい
- 花火が美しい
冷静に考えると、不思議じゃないですか?
脳が、世界に色情報を求めていることの証です。
特に、夜は光がなくなって、世界から色が消えていきます。つまり、世界から情報が失われていきます。暗闇で色を見せてくれる光は、まさに光明。脳は、光を美しいと感じる確かな理由があるのです。
キラキラ光るものが美しいのもそういう理由だと思うよ
光を反射するから!
光と世界
光は、色以外にも、世界のさまざまなヒントを教えてくれます。
- 時間
- 天候
- 季節
それだけじゃありません。
3次元の構造を見せてくれるのも、光です。
例えば、ただの「円」を描いただけでは、2次元の◯です。
しかし、ここに陰影をつけると、急に立体的な球体に見えます。

スゲェー!!ホントだ!
光の反射もつければ、質感まで伝えられるね
世界を予測可能にしてくれる「光」は、特別に美しい存在と言えるでしょう。
太陽神である、
- エジプト神話の「ラー」
- 日本神話の「天照」
は、各の高い神様です。
太陽は、暖かさや豊穣ももたらしますが、何より「光」をもたらしてくれます。光なくして世界なし。天照が岩戸に隠れてしまったら、世界は漆黒に包まれてしまいます。
だからこそ、太陽神は尊いんだねー
夕焼けが美しい理由

夕焼けは美しいですね。しかし、赤いから美しいというわけではありません。
夕焼けの光は、脳に多くの情報をもたらしてくれます。
- 時間帯
- これから夜が来る
- 1日の活動時間が終わる
- 今はまだ安全だけど、これから危険
- これから気温が下がる
という具合に、いろんなヒントをくれます。
夕方1時間のトワイライトは、脳にとってご褒美。だから美しいわけです。
日の出が美しいのも、似たような話でしょう。
もし、夕焼けの時間がなく、いきなり「昼→夜」にスパッと切り替わったら?
怖いな…
印象派が描いた光
光が、視覚的美しさの根源であることは、印象派絵画が証明してくれました。
モネやルノワールを代表とする印象派の画家達は、キャンバスに輪郭を描くことをやめました。すなわち、物体を描くことをやめたのです。

ワシントン・ナショナル・ギャラリー
では、何を描いたかと言えば、もちろん「光」ですね。
光を描くことで、時間の経過による光の変化や、色彩の変化を、巧に表現しました、太陽光による優しい光が、網膜に心地良く染み込んできます。
印象派が登場した19世紀後半は、チューブ入り絵の具が発明された時代でもありました。染料を持ち歩けるようになったことで、屋外でも絵が描けるようになったのです。
それまでの時代は、室内で絵を描いていたんですね。屋外で描けるようになったからこそ、太陽光の美しさを描けるようになったわけです。
モネやルノワールが、ルネサンス期でなく19世紀に登場したのは、歴史の必然です。
自然が美しいもう1つの理由は、それが太陽光の色彩を反射しているからです。
遺伝子が知っている光といえば、99%が太陽光。残り1%が炎でしょうか。
同じ被写体でも、室内灯の色で描けば、かなり違った雰囲気になります。蛍光灯の色なんかは、心地良い光の色ではないですよね。
太陽光を脳が「美しい」と感じる事実は、「印象派」が画壇を席巻したことや、今日の印象派絵画の評価を見れば、あえて語る必要はないでしょう。
印象派の色使いって、淡い感じだよね。ルネサンス期の絵とは違う
あれが太陽光の色なんだよ。室内光とは、色味も強さも違う
より高度な美の世界
めくるめく美の世界も、後半戦に突入です(←やっと後半!?)。
ここまで、美に関して重要な法則を解いてきました。
基本は、
- 「予測モデルを立てやすい」
- 「規則性を圧縮して理解できる」
- 「複雑さと秩序のバランス」
- 「理解できた瞬間の快感」
が「美しい」です。
まず持って法則性がないデタラメは、ノイズにしかなりません。
その法則性も、あまりに単純すぎると、理解できたときの報酬が下がってしまいます。適度に複雑な方が、脳にとっては心地良いんですね。
クイズと似ています。簡単すぎるとつまらない。面白いのは、ギリギリ解けるレベル。子供は「おしり探偵」で、大人は「シャーロック・ホームズ」を求めるもの。
大体みんなにちょうど良いのは、もちろん…
名探偵コナン!
ギリギリ理解させない
しかし、本当に美しいのは、その一歩先。
「理解できそうで、ギリギリ理解できない」
これが至高です。
なぜなら、理解できてしまうと、そこで予測ゲームが終わってしまうからです。そこで、気持ちよくなって、関心が外れてしまいます。
一方で、ギリギリ理解できなかったら?
もうちょっとでわかりそうな気がしたら?
- 法則はありそう
- 部分的には見つけた
- でも、完全には一致しない
脳は、法則性を導き出そうと、躍起になります。その先にある蜜を求めて…。関心が、ずっと先まで引き延ばされます。
事実、「もう少しで解けそう」というときに、ドーパミンがもっとも多く分泌されます。ゲームでもドラマでも、最高潮の直前のシーンがもっとも快感が大きいのです。
クラシック交響曲や自然が生涯にわたって鑑賞に耐えるのは、完全には理解させてくれないから。「少しばかりの不安定さ」「少々の混乱」は、美を昇華させるスパイスです。
余韻の美しさ
つまり、未完の余韻が美しいのです。
心理学では、「ツァイガルニク効果」と呼ばれています。先が閉じていないことで、脳は関心を引き延ばします。
映画は、しばしばラストを説明しきらないで終わります。あるいは、大団円を迎えて、主人公とヒロインがその後どうなるのかは、鑑賞者の脳内補完に任せます。
だから、鑑賞終了後でも、脳内で生き続ける。これが余韻です。
余韻は良いんじゃ!
ずっと記憶に残るアートワーク
ボクは、2D格闘ゲームが長いこと好きで、子供ができる直前までやってました。
格好いいアートワークは、色々ありました。
中でも、記憶にずっと残って離れないのがこの1枚。

sfgalleries.netより引用
不思議なことに、今でもバッチリ脳内再生できるのは、この1枚だけ。しかも古いんですよ。ボクが小学校5年生ごろのタイトルですから。
これもやっぱり、「わかりそうでわからない未完の余韻」です。
まず、大まかな規則性は予測できます。
このゲームは、
- アメリカのマーベルコミックのキャラクター
- 日本のカプコンのキャラクター
が戦うコンセプト。
だから、両陣営が向かい合っている構図です。
対立構図は脳の予測パターンの中にあるわけですが、「ちょっと近くない?」という微妙な裏切りを喰らいます。ここで脳がグルグル動く…。
次に、キャラクターの視線を追います。脳は人の視線を追うので、ジグザグに見ていく感じになるのですが、微妙に目線が合ってないんですよ。
「あれ?みんなどこ見てんるんだろう…?」
答えのない問いをぶつけられ、脳がグルグル動き続ける。この脳のグルグルは、意識的な思考ではなく、無意識化のオートパイロットです。
この鑑賞の余韻が、きっと今でも続いているんだと思います。
こうやって、記憶に残る作品ができると
外しが美しい
先ほども例に出しましたが、「全身黒コーデ」は、無難な選択肢です。
ノイズがないので無秩序にはなりません。ただし、パターンを予測しやすいので、スッと理解できてしまいます。これを、「消極的な美」と表現しました。
そこで、一箇所どこかを外してみる。
- ベルトだけ赤
- シルエットだけ崩す
- 靴だけ異素材
すると、局所的にノイズが生まれます。
基本法則は守られているので、全体の調和を乱れません。ジャズのアドリブやスイングと同じ。
見た人に、一瞬では理解させず、脳内の処理時間を延長させることができます。この適度に理解を長引かせることが、高度な美になるのです。
だから、外しはオシャレなんよ
美を突き詰めると…

ギリギリ理解させないラインを追い求めるのが、美の追求ということになりましょう。
しかし、鑑賞者によって、理解できるラインには差があります。
鑑賞ターゲットを絞って攻めた結果、理解の土台に乗る人は大絶賛する一方で、理解できない人は何が何だかさっぱりわからない。
こうして、「難しい作品」というのが出てきてしまいます。
ピカソの発明
19世紀に写真が発明されました。写実的に描くニーズが消え失せた歴史的瞬間です。
現代も、AIによってホワイトカラーが職を奪われるかもしれないと、世界は戦々恐々としています。写真を目の当たりにした当時の画壇のショックは、それ以上だったのではないでしょうか。
写真では表現できない新しい絵画の形を見出さなければ…。
こうした実験的な試みの中で頭角を表したのが、パブロ・ピカソ。
ピカソが発明した画法が、キュビズム。

ニューヨーク近代美術館
直訳すれば、「キューブ(立方体)で描く主義」でしょうか。
必ずしも立方体ではないのですが、被写体を単純化した図形に切り取って、分割し、再構成して描く。こういう技法です。

エルミタージュ美術館
よくある解説では、「正面と横顔など、本来は異なる角度からしか見えない複数の視点を、1つの画面に描いた」とか言われます。
なるほど。確かにそう。斬新。
なんですけど、ボクみたいな心理の探究者は、そんなことはどうでも良くて、「なぜそれを鑑賞することが、脳の報酬になったのか?」です。この解説は聞いたことがない。
ピカソの絵を見た脳は、
- 人体だ(予測ゲーム開始)
- でも歪んでいる(予測と異なる)
- なぜだ?(予測モデルを見出したい)
ここでキュビズムが生きてくる。キューブで切り取ることで、法則性が出ますね。無秩序にグニャグニャ描いたら、多分そっぽ向かれるんです。
ドット絵が美しいと感じるのも、似た理由でしょう。
単にノスタルジーを感じさせるからだけでなく、正方形で切り取ることで、規則性と予測余地が生まれるからです。
キュビズムは、「難解なドット絵」と言っても良いかもしれません。
脳は、法則性を見出そうと見続けます。
でも、やっぱり理解しきらない。
もはや、「美しい」よりも「興味深い」と言った方が適切でしょう。本質的には、両感情にあまり違いはないのです。
ここに至って、絵画の潮目は変わりました。
かつての絵画は、ずっと写実的に描く方向でした。印象派は、写実的に描くことから離れましたが、まだ現実世界を描こうとしていました。
ピカソ以降の画家達は、現実を描くことすらやめました。絵画を通して、高度な知的ゲームを提供するようになったのです。
美術出身者は、この話をどう思うかわからんけどね
外の人しか展開できない話かもね
枯山水
西洋の伝統的美観と、日本の伝統的美観は、方向性が異なります。
- 西洋 :「完成型」を追求する
- 日本 : あえて「未完成」で止める
日本の未完主義は、「侘び」「寂び」と呼ばれていますね。
西洋人も日本人も同じ人間なので、脳が「美」を感じる構造は同じです。どちらも美しく感じるのですが、アプローチが違うのですね。
西洋は、きっちりバランスの取れた、対称で、リアルで緻密な理想型を表現します。規則性をバリバリに効かせて、統率の取れた美を提供します。
一方で日本は、非対称で、欠けがあり、余白がある。全部を表現しない。完成させないことで、鑑賞者の脳内で補完させるわけですね。
例えば、枯山水の庭園を見てみましょう。

ja.wikipedia.orgより引用
あるのは、石と砂だけ。
しかし脳は、「海」「波」「島」を勝手に補完します。
やっていることは、ピカソの絵画や、その後に続く抽象絵画と似ています。
あえて言語化するなら、西洋伝統の美は、全部見せた上で、その中にある規則性に「気づかせる」アプローチです。日本伝統の美は、全部を見せないことで、何が描かれているかを「考えさせる」アプローチです。
「読解問題」か「穴埋め問題」か、みたいな違い。どちらが優っているかはわかりませんが、西洋伝統の美の方がわかりやすいとは思います。
世界の名画を分析しよう(具象画編)
無謀にも、美術の薫陶を一切受けていない人間が、脳の構造だけで、世界の名画を分析してみようと思います。
とんだ見当違いを言っている可能性もありますが、温かい目で聞いてもらえればと。
モナ・リザ
まずは、ダヴィンチの「モナ・リザ」。

ルーヴル美術館
この絵画が世界で1番有名になった理由は、多分、「この女性は誰なんだ?」という余白があったからでしょう。説は色々ありますが、確定はしていないようです。
もし、「〇〇夫人の肖像」というタイトルがついていたら、今の地位にはいなかったでしょう。
もちろん、そんなふざけた理由だけじゃありません。
「何を考えているかわからない」
これが、キーポイントです。
- 笑っているようにも見える
- 悲しんでいるようにも見える
- 見下しているようにも見える
「この表情は、どういう感情なんだろう?」
脳は、彼女の表情を見ながら、ずっと計算しているわけです。
もし、これが苦悶の表情や満面の笑みだったら、そこで感情予測が終了。興味を失ってしまいます。そんなに長い時間の鑑賞に耐えません。
苦悶の表情を浮かべていたら、その理由が気になるので、まだマシかもしれません。最悪なのは、何かのシーンを描いていて、表情とその理由も予測できてしまうこと。
謎がモナリザを世界一有名にした!
おそらくですが、『ウォーリーをさがせ!』のウォーリーでも同じ現象起きていると思います。
何考えてるかわからない顔ですよね。ウォーリーは見つかるけど、ウォーリーの表情の答えは一生見つかりません。
夜警
お次は、レンブラントの「夜警」です。

アムステルダム国立美術館
描かれているのはパンピー。じゃなくて、アムステルダムの自警団。ちょっと裕福な人くらいで、そんな凄い人達ではないと思います。
写実的な絵ですが、「単にリアルなだけじゃ名画にならない」を教えてくれています。
重要なのは「光」ですね。
光の差し方が不自然です。太陽光なら満遍なく光が差すはずですが、正面の男性2人と、左後ろの少女だけにスポットライトが当たっています。
「光」は、世界を予測するための重要なファクター。光を目で追うことで、理解しようとするわけですが、不自然な光に認知が乱されるわけです。
まずは、中央右の派手な男に目が行きます。彼は、向かって左に視線を向けています。脳は、他人の視線を追うようにできています(ここも何気にポイント)。
中央左の黒い服の男は、すっとんきょうな顔をしています。何考えてんだコイツ?
この男の思考を読むことを中断して、左の少女に目が移ります。なんでオッサン集団の中に、綺麗なおべべの少女がいるのでしょう?
レンブラントに、完全に視線誘導されてるな
だからスゲェんよな
そうして、ようやく後ろの男達に目線が移ります。
おや?なんだか動きというか、躍動感がありますね。これから何かが起こりそうです。
「夜警」に限りませんが、名画はしばしば、
- 躍動感
- 生命感
を感じさせます。それが静止物であっても。
つまるところ、「動き出しそう→何が起こる?」という予測ゲームを強制的に仕掛けられているわけです。鑑賞している間、ずっと脳が働き続けている。
という具合で、目線を誘導されながら、ポイントポイントで予測が発生しています。絵の中で未完のストーリーを展開させる巧妙な設計です。
明治の浮世絵
最近美術館で見て、「おっ」と思ったので取り上げてみました。
浮世絵と言うと、北斎や広重など、江戸時代のイメージが強いですね。実はその後も続いて、明治時代に活躍した小林清親は、最後の浮世絵師と呼ばれています。

全体としては、浮世絵らしい「和」の体裁になっています。脳も、この絵を一目見て、北斎や広重のような伝統的な日本浮世絵を予測します。
しかし、何かが違う。
パッと見てわかるのはモチーフです。
- 洋館
- 傘に「V」の文字
「和」のはずが、「洋」の外しに、脳が予測修正を迫られます。
この顔の見えない女性(か?)は、なんの用事でここに来たのか?
とも考えちゃうよね
また、画風についても違いがあります。
江戸時代の浮世絵は、日本画らしいのぺっとした二次元ですが、こちらは西洋画の影響か、遠近法が入った三次元な絵になっています。ここも、期待を裏切られます。
色彩はより鮮やかです。

「おや、これは私の知っている浮世絵とは違うぞ…?」
この違和感が、心地良い予測ゲームにつながっているんですね。
伝統的な浮世絵を前提に、外しが機能している…っと
世界の名画を分析しよう(抽象画編)
さらにさらに無謀なことに、美術に詳しい人でも説明に窮する抽象絵画についても触れてみましょう。
あの抽象画は、いったい何が凄いのか?
マジ!?大丈夫か?
いや、ダメかもしれんが勢いで行こう!
ピート・モンドリアン
見たことありますよね?
抽象絵画の巨匠、ピート・モンドリアンの「コンポジション」です。

デン・ハーグ美術館
世界中の人々を困惑させている作品
これなー
しかもこれ、何十回も描き直して辿り着いたという話を聞いたことがあります。めちゃくちゃ狙いすまして、一体何を描いたのか?
見てわかるのは、
- グリット線
- 赤・青・黄の原色
- 白と黒とグレー
描かれた世界には、秩序があります。
線は黒で、水平か垂直です。線が交差してできた四角の中に、色が配されています。有彩色は3色だけで、限定されています。
同じようなパターンが、反復されているようにも見えます。
「この世界には、法則性がある」
と、脳は認識します。
パッと見、解けそうな感じもします。
しかし、絶妙にパターンを解読しきれない。
この絵が比較的説明しやすいのは、誰もが見た瞬間に、なんとなく法則性を目で追おうとしたことを自認できるからです。
確かに。勝手にルール探し始めた自分がいる!
この「理解できそうで、できない」というバランスを見極めるために、何十回も試行錯誤したのだろうと思います。
理論的に「ギリギリ理解できない構図にしよう」と狙ったのか。意識的な狙いはなく、直感的に「グッと来るバランスだったから」なのか。そこは本人しかわかりません。
抽象画にも色々あって、作者のメッセージが込められたものもあると思います。鑑賞者が、込められた意味を考える類の方が、現代アートでは多いかなと思います。
このモンドリアンの「コンポジション」に関しては、おそらくは、意味を求める類の作品ではないですね。
構図を見た鑑賞者に対し、「脳が法則性を探索するプロセス」を提供する作品です。
それを作品にしようという発想がエキセントリック!
ジャクソン・ポロック
そしてこれですよ。ジャクソン・ポロック。
これが、20世紀を代表する現代アートと言われて、「…むぅん」と頭を抱えた人がどれだけいたでしょうか?

ニューヨーク近代美術館
次はコレかー!
キャンバスを床に置いて、その上に絵の具を垂らして描かれています。筆で直接描いてないんですね。「ドリッピング」と呼ばれる手法だそう。
気分任せに絵の具をぶち撒けているわけではなく、全体に線や色が均一に埋まるように、注意深く垂らされています。こちらは、「オール・オーヴァー」と呼ばれる手法。
フラクタルとまでは言いませんが、同じ構造がキャンバス上のそこらに現れているように見えます。ここには、なんだか規則性がありそうに見えます。
均一なので、どこかに焦点が集中することはありません。どこかに線が集中していると、そこだけ見て規則性を見つけようとします。
そうじゃないので、全体をボヤァっと目で追っていくことになります。脳は、余計に予測を長く強いられます。
しかし、どこまでいってもランダムですから、明確な規則性は見つかりません。見つかりそうで見つからない法則性を追って、ずっと見ていられるというわけです。
実物は結構大きいらしいね
一度見てみたいよ。どう感じるんだろうね?
カンディンスキー
抽象画といえばカンディンスキーですが、先の2人より難しいので後回しにしました。
モンドリアンのような、比較的やさしい規則性の手がかりはありません。

ソロモン・R・グッゲンハイム美術館
カンディンスキーは音楽に造詣が深かったそうで、音楽のハーモニーを2次元に落とし込んだと言われています。
「音楽を絵に落とし込んだ」と言われると、「お、おぅ。そうか」とスルーしそうになりますが、ここは聞き捨てなりません
なぜなら、音楽の美も絵画の美も、本質的には同じだからです。
音楽の美は、原則として規則的なリズムがありつつ、音程や変調によって複雑化したパターン予測。それを絵画で表現できるかと言えば、できるかもしれません。
音程も変調もない木魚のリズムを絵に落とし込んだら、等間隔に点が並んだ絵になるでしょう。脳が感じる美観としては、「木魚のリズム」と「等間隔の点」は同じだと思います。
点を上下させたら音程も加わるね
楽譜みたいになるね
交響曲のように複雑なパターンを表現すると、この絵みたいになるんだと思います。
「丸」は、音程のない打楽器のリズムみたいに感じます。丸の大きさは、音量の大きさ。「線」は、音程のある楽器の音色でしょうか。
規則的に並んだ半円がありますね。ティンパニのような打楽器が、一拍、あるいは半拍のリズムを刻んでいるように感じます。
中央上部に、ブーメランのような形の線があります。微妙につながっていないのが気になりますね。弦楽器や吹奏楽器が、強めにグイッと鳴らした後に、スウッと流したかのような感覚を覚えます。
実のところ、具体的な楽器名を思い浮かべる必要はありません。どころか、本来的には、楽器を連想する必要すらないです。
視覚的に、同じ効果を与えるように描かれているのですから。
見れば見るほどテキトーではなく、複雑な秩序を感じさせてくる…。そんな絵です。
何だか、スゴい絵に見えてきた…!
抽象画は世紀の大発明
具象画は、現実にある世界を描きます。
- 人物
- モノ/建物
- 光
- 遠近感
などの手がかりをもとに、予測を開始できます。
言うなれば、「続きを予測させる芸術」が、具象画です。
一方で抽象画は、手がかりを与えてくれません。
「何を予測すればいい?」の状態から始まる抽象画は、「予測モデルをゼロから作らせる芸術」といったところでしょうか。
悠久の美術史の中でも、抽象画は最大級の発明でしょうね。
それまでの美術界は、「自然」や「理想的な人体」を「美」と捉えていました。理屈はわからないけど、脳が見て「キレイ」と認識する事物を描いていたんですね。
そりゃ、そうでしょうよ
なぜそれが「美しい」のかは、何千年もの間わからなかった
黎明期の抽象画家たちは、美の正体が「見た目」ではなく、脳の予測プロセスをにあることに気づきました。おそらくは確信があったのだと思います。
モンドリアンとカンディンスキーは、共に「コンポジション(作曲)」という作品名をつけています。視覚の美と聴覚の美が、本質的に同じであると気づいたわけです。
自然物を介さずに、人間の美意識を直接ハックする横道を見つけた。これはスゴいことですよ。本当にスゴい試みです。
「ボワァ」を楽しむ抽象画
抽象画は、意味を考える作品もあれば、意味なんてそもそもない作品もあります。紹介した3枚は、おそらく後者。
「感受性が豊かじゃなきゃ楽しめない」と言われますが、そうじゃないと思います。
楽しめないのは、意識で鑑賞しようとしているから。意味を求めてしまっているから。求めても意味なんてないんですから、わからないし面白くもない。
左脳で見ちゃダメなんでしょうね。右脳で見て、ただ眺めて、無意識が勝手にガシャガシャ演算するままに任せる。ただ、感じるしかないんです。
なので、結局ただボーッと見るだけw
スゴい理論を聞くと、頭の後ろの辺りが「ボワァ」っとした感覚になります。脳内に新しい予測アルゴリズムが入って、過去のデータを高速で書き換えているんですね。
ちょっとした書き換えなら一瞬で終わります。横断的な大理論となると、修正範囲が広いために、書き換えに時間がかかります。ゆえの「ボワァ」です。
同じような感覚が、抽象画の鑑賞によっても起こっているのだろうと推察します。
混んでる美術館は適さないですね。平日に、それも1人で行く。マイペースに眺める。何となく足が止まったら、長い時間鑑賞してみる。
鑑賞後に何が残ったかは、よくわからない。終始無意識下の鑑賞なので、何がスゴかったのかもよくわからない。残っているのは、「ボワァ」っとした感覚だけ。
やっぱりこれを「楽しい」と思うのは、なかなか高度ですね。
何つーか、高尚な遊びよなぁ
抽象画を堪能できる大人になりたいね
作品を美しくするためのできること

やっとwww
本当を言うと、ただ「美とは何か?」を言語化したかっただけなので、活用方法とかは書かないでも良いかなと。
でも、ここまで読んだ読者に「おい!オチなしかよ!」と怒られてもアレなので、一応言えることは言っておきましょう。
とにかく、「自分の目に見えるキレイさ」を一旦捨てて、「美の構造」をメタ的に捉える必要があると思います。
解説した「美の本質」は、おそらく間違ってはいないと思いますが、やはりこれだけで説明できるものではないでしょう。一つの考え方として受け取っていただければと。
活用1. まずは規則性
やはり、基本は規則性のあるデザインです。
- 整列
- 反復(繰り返し)
- 色使いのルール統一
- テイストの統一
などを、キチッと揃える。
柄と柄をケンカさせてはいけませんし、〇〇風と□□風を混ぜこぜにしてもいけません。ケースバイケースですが、非対称よりは対称の方が良いですね。
ただ、シンプルでまとめすぎると、予測が瞬殺で終わってしまうので、これはこれでイマイチ。シンプルな中でも、可視できる規則性がほしいですね。
機械式時計オーデマピゲのロイヤルオークは、ビスの打ち方に規則性があります。

www.audemarspiguet.comより引用
ビスが見えなくても腕時計としては成立しますが、ちょっとシンプルすぎます。この気持ち程度のディテールが、どれだけ美観を底上げしているか。
ボッテガのパターンも、シンプルの中にある規則性ですね。

www.bottegaveneta.comより引用
このパターンがなかったら、本当に何にもなくなってしまいます。
活用2. 柄の選び方
柄に関しては、複雑なパターンの方が美しいです。
もちろん、ボーダーやドットがダメなわけではないですよ。予測しやすい単純な柄だと、どちらかというと、幼稚でカワイイ感じになります。
複雑な柄で1つ問題になるのは、服装なり内装なりで、合わせづらくなる点。しょうがないですね。トレードオフですから。合わせにくい服ほど、調和が取れると決まるものです。
合わせにくそうな大胆な柄を、絶妙にダサくならないようにまとめる。これも、作家の腕の見せ所かと思います。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%98%E4%BB%99より引用
ターゲットの服装や内装を頭に思い浮かべながら、どこまで複雑なパターンで攻められるかを検討してみましょう。
また、布地の切れ目で柄の位置がズレる(←伝わってますよね?)と、規則性が途切れるので、脳的には興が覚めます。この点も意識してあげてくださいね。
もちろん、無地だって需要あるから、それも1つの道
これも1つの考え方ということで
活用3. モチーフは攻めよう
作品のモチーフ選びは、割と凝らないブランドが多い印象です。これはハンドメイドに限らず、世間一般でもそう見えます。
つまり、みんな安直なのです。
- 犬が好きな人に → 犬のモチーフ!
- 宇宙が好きな人に → 月のモチーフ!
- 麻雀が好きな人に → 麻雀牌のモチーフ!
「美」は一種の予測クイズですから、カンタンに答えがわかってしまうと退屈です。
もっと攻めませんか?
犬が好きな人しか伝わらない攻めたモチーフはないですか?お尻ですか?耳の裏ですか?はぁはぁ言ってるときのベロですか?(犬飼ったことないので知らんけど)
ただの月なんて、セーラームーンのレベルですよ。セーラームーンは偉大ですが、女児にウケるレベルです。大人の宇宙好きが満足するものではありません。
麻雀牌のまんまなんて、退屈過ぎます。ピンズの由来は知っていますか?ソーズは?海底撈月(ハイテイラオユエ)は?とても絵になる幻想的な由来ですよ。
モチーフのデフォルメ
モチーフをそのまま描くのではなく、デフォルメして表現するのも良いですね。というか、まんま写実的に描くことのほうが少ないかなと。
- 規則性:ある法則によって描かれている
- 予測余地:これは「アレ」が描かれているのかな?
がポイントです。
あえて解像度を落とすことが有効になるのです。
ドット絵は1つの好例を示してくれています。編み物は、自然とドット絵風になるので、脳的には心地良い鑑賞になっていそうです。

www.jp.square-enix.comより引用
これだけ限定された情報でも、性別・年齢・階級・性格・口調まで想像できる!
描きすぎないことで、心地良い予測余地を与えているんだね
描く際の「制約」を取り入れると良いかもしれませんね。草間彌生さんは、「ドット(ドット絵ではなく水玉)」だけで描くという制約です。
「有彩色は1色しか使わない」というのも、1つの制約でしょう。「点だけで描く」「直線だけで描く」など、色々考えてみてください。
活用4. 王道 + 外し
メインの活用法はこれでしょうね。
全体的には王道ですが、局所的に外す。原型は崩さない。
アシンメトリー(左右非対称)も外しとして機能しますが、やっぱり全体は王道で、一部だけに留めないと美しくないです。
ジャズと同じ戦略!
どんなアイテムでも王道の形があります。
パーカー(最近はフーディーと呼ぶのかな)なら、
- フード
- フードを絞める紐
- 手を突っ込む以外に使い道のないポケット
がついています。
お客さんの脳は、まずは王道を予測します。
王道のまんまだと、予測通りで面白くありません。
ちょっと裏切ってくれないと、新しい予測モデルが拡張されないので、つまらない。
ボクが高校生で裏原boyだった頃、Apeが出したジップパーカーは虚を突かれましたね。ジップが首元で終わらず、フードまで全部閉められるのです。

jp.bape.comより引用
その名も「シャークパーカー」。
全部閉めると、サメの顔みたいになるという。どちらというと、ウルトラマンに出てくる宇宙怪獣みたいな感じでしたが。
Ape派じゃなかったんで行きませんでしたけど、「おっ!」と思いましたよ。
活用5. 説明しすぎない
商品説明は、基本的には長く、きっちり説明すべきです。
- 素材特性
- 機能のこと
- メリット/デメリット
は、きちんと言葉にすべきですね。
しかし、「美しさの秘訣」だけは、ベールに隠しておきましょう。
ネタバラシをしてしまうと、脳の心地良い予測ゲームが終了してしまって、関心が薄れてしまうからです。
- 規則的なパターンの解説
- 外しの解説
は言うだけ野暮というもの。
秘密は、お客さんの脳内で補完させよう!
抽象画家だって、核心については語りません。「心に流れる音楽」とか「生命のリズム」とか、よくわからない説明で止めておきます。それ以上は野暮なのです。
モチーフに関しては、言わない方が不自然なので、言ってしまって良いことが多いでしょう。わかるお客さんは、書いてあってもなくても答えわかりますしね。
活用6. ストーリー性を付加する
推測余地が「美」になるわけですが、何も推測余地は「外観そのもの」に限った話ではありません。
「なぜこのような作品になったのだろう?」という意味的な推測余地もまた、鑑賞者の思考回路をグルグルさせる効果があります。
それには、ストーリー化が有効です。
すなわち、
- 作家のバックグランド
- バックグランドから必然的に導かれる哲学・信念
- 作品のデザイン
をリンクさせる。文脈をつなげる。
ストーリーがなければ、モチーフや素材は、ただのモチーフや素材にすぎません。そこにストーリーが接続されていれば、「意味の空白」が生まれます。
お客さんは「ここに作家さんのメッセージが込められてるのかな?」と予測ゲームを楽しむことができますね。ここにも美が宿るわけです。
具体例を出さないとわかんないね
まさにw
「シンプルの美」は見た目だけじゃない
見た目だけで言えば、「複雑 > シンプル」です。しかし、現代もてはやされている「シンプルな美」はそう単純に片付けられません。
「シンプル」は、ニュアンスとしては「ミニマル」です。
伝統的な東洋哲学(仏教や古代インド哲学)の流れを汲んだもので、「何も加えなかった」ではなく、「削ぎ落とした」という、より能動的な動機ですね。
仏教には、「すべての物体はあってない霞のようなもの。ありもしないものをありがたがってもしょうがないぜ」という思想があります。
「有りもしない」ものを「有難い」とな
言い得て妙
本当はありもしない、「資産」「地位」「自分の肉体」に執着するから、苦痛を背負う。だから、すべてなかったことにした方が楽だぜ?と。
確かにそうかもしれないと思わせるロジックです。そこで、「Less is More(より少ないことは、より豊かなこと)」みたいな哲学が生まれるわけです。
全く同じ「シンプルなブックカバー」が2つあったとしましょう。
見た目の美観は、もちろん同じ。
しかし、それを作ったのが「どこぞのメーカー」なのか、「Apple」「無印良品」「tower」なのかで、意味の美観は変わってきます。
後者の商品であれば、姿形とは別に、「ミニマルな思想によって、ここが削ぎ落とされたのだな?」という推測余地が生まれます。
見た目の美観だけでなく、意味の美観が付加されていることに気づくでしょう。
あぁ、ホントだねぇ
クリエーターって、こういうとこ大事だと思うけどね
光にもっと着目しても良いのでは?

具体的にどうという話ではない(というか、ボクの中でも定まっていない)のですが、「光」にもっとフォーカスして、使いこなした方が良いんだろうなと思います。
何せ「光」は、脳にとってご褒美なのですから。
ここまで説明した甲斐があったよ
突然これ言われたら、イミフすぎるもんな
特に考えなくてもできることは、「太陽光の下で撮影する」「露出補正で光量を増やして明るく撮る」ですね。これはみんなやってると思います。
しかし、色々とあるわけですよ。
- 朝焼け/夕焼けが美しい
- 虹のスペクトルが美しい
- 夜空の花火が美しい
木漏れ日が美しいところを見るに、光と影をコントロールすることで、もっと美しい絵面は作れるんだろうと思います。
ナチ党のヒトラー演説会は、しばしば夕暮れ時に設定され、空に届くような光線(ディズニーランドみたいなやつでしょうね)による演出を行いました。明らかに狙ってやってますよね?
ただ作品を明るく見せるだけでなく、レンブラントのように、光を当て方を計算する技術は掘れると思うんです。
窓際から太陽光が差し込んで、窓枠の格子の影が落ちるとするじゃないですか。画角には入ってなくても、そこに格子窓があることがわかります。
影の長さによって時間帯も分かります。影が長ければ、太陽が横から当たっているので、早朝か夕暮れ近く。光の色味によって、どちらか推察できるでしょう。
おそらく、こういった情報量を、脳は報酬として受け取ると思うんですよね。つまり、「美しい」という感情フィードバックが起こるのではないかと。
あえて暗い室内に、絞った光が差している構図もあり得るかなと。暗い世界を予測可能にする光もまた、脳にとってはご褒美になると思うので。
安藤忠雄さん設計の「光の教会」とか。

https://ginzamag.com/categories/culture/502760より引用
まずまずご褒美になってる気がしません?
ウユニ塩湖や磨いた床板に映り込んだ紅葉が美しいのは、反射の仕業ですよね。ダイヤモンドがキラキラ輝くのも反射。光の反射も美しいに入るわけです。
「光=色」なところもあります。カラフルな絵面、印象派のように、太陽光に照らし出された鮮やかな色彩がウケるかもしれません。
確かにね。写真家の人は知ってるのかな?
この話は、また気になったら追求してみるよ
こんな仮説も?
ひょっとすると、同じ縦横サイズの画像なら、よりバイト数が大きい絵面の方が、脳のご褒美になっている可能性すらあると思います。
「バイト数=情報量」ですからね。音楽も、情報量が増えることで美しさを感じるようになるわけですから。
サイト運営すると、なるべく動きを軽くするために、画像のバイト数を落とすサービスを使うんですよね。そこで、バイト数を見ることになるんです。
そうすると、「絵画」とか「見晴らしの良い景色」の画像って、バイト数大きかったりするんですよ。で、サイズ落としてもあんまり減らなかったりして。
なんかありそうだね!
ま、エイヤで言っただけだから、耳半分でいいよ
「複雑な美」の時代が来るか?

ボクが子供の頃の街中には、イケてるデザインって、正直あまりなかったように思います。ごちゃごちゃして、フォントもテキトーで。
和物は歴史があるので洗練されてましたけど、それ以外はあまり…。
でも、最近は小慣れたデザインの商品が増えましたね。100均でも小慣れています。ダサいデザインって、だいぶ減ってきたなと。
ただ、その小慣れたデザインの方向性って、ごちゃごちゃをシンプルにしたのが多いですよね。無印にしても、ユニクロにしても、スリコにしても。消極的な美です。
よく知りませんが、デザイナーさんも、どちらかというとシンプル志向が増えたイメージです。もちろん、時代の流れに合っていて良いと思いますよ。
ともかく世界は、認知負荷を下げて、下げて、下げてきたわけですね。まぁ、情報量が爆発的に増えましたから、認知負荷を下げないとやってられないかもしれません。
ネット上はジャンクな情報が溢れて、認知負荷を下げるようお化粧されて、人間の知性がどんどん侮られる時代になったと思います。
いやぁ、これは痛いところを突かれた気分…
嫌気が差した人も多いんじゃないかな?
大量の情報をシンプルに処理するのではなく、選び抜いた情報をじっくり吟味したい。そういう人が増えてくると思います。
本当の美は、複雑さを調和させた先にあります。脳はそちらを求めています。
デザインでも経済でも政治でも、大きな潮流(トレンド)があって、必ず揺り戻しがあります。「ミニマル・シンプル」から、「豪華・複雑」への反動はいつか来るでしょう。
言っても、コッテコテのロココ調みたいに、壁紙も絨毯もソファも、とにかく「花柄!花柄!花柄!」みたいにはならないと思います。認知負荷をかけ続けられるので、脳が疲れてしまいますからね。
かといって、全部シンプルでは、脳は物足りない。部分的に複雑化していく可能性は大いにあるなと。というか、必然かなと思います。
壁紙はシンプルだけど、家具だけは複雑なデザインとか。あるいは、色は白で統一されているけど、形はバリバリ装飾されてるとか(←それ面白い)。
でも、あんたシンプル好きでしょ?
うん。ミニマリストは憧れ。でも、脳は潜在的に複雑系に惹かれるんだよ
もちろん、我々が死んだ後とか、そんな先の話じゃないですよ。
複雑な美の難易度は高いわけですが、そこはデザイン界も進化していきます。新しい理論で美しくまとめるプレイヤーが出てくるでしょう。
その需要が間違いなくあるということは、頭の片隅に入れておいて良いと思います。

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