
クリエーターにとって、1番大切なことは何でしょうか?
- 画像?
- 発信?
- マーケティングスキル?
いやいや、「コンテンツ」でしょう。
あなたにとっては「作品」です。ボクにとっては、「記事(文章)」です。
それ以上に大切なものはない。
コンテンツが優れていたら、イコール売れるわけではありません。しかし、コンテンツが優れていたら、不器用でも最後には報われる。
自分の作品の価値が信じられないクリエーターは、一時的に売れることがあっても、長く続くことはないと思っています。
最終的に、「作家自身が、作品の価値を誰よりも信じていること」が、決定的に大事だと思っています。
「ウチの子は絶対できる子なんだ!」と信じる気持ちね
甘っちょろいんですが、ボクは最後にはそう信じている人間なんです。
そういう話をしようと思います。
J.K.ローリングさんの話

『ハリーポッター』の作者J.K.ローリングさんは、12回出版社に持ち込んでは断られています。
諦めずに13回目をトライしたからこそ、世界中で何億、何十億もの人が、ハリーの物語を楽しめているわけですね。
断った12社は、
- 「子ども向けにしては長すぎる」
- 「児童書は売れない」
という反応だったそう。
お客さんが求めている情報を書く限り、長すぎる文章なんてないんだ
ホントよねぇ
13社目は、小さな出版社でした。そこの担当者は、自分で判断せず、娘さんに原稿を読ませたそうです。
ちなみに、当時のローリングさんはシングルマザーで、生活保護だったそうな。ま、これは本筋とはあまり関係ありませんが。
作家業では、こういう話は珍しくないのかもしれません。30回持ち込んだ人もいるかもしれません。50回持ち込んだ人もいるかもしれません。
そんなエピソードを聞くだけで、ボクは深い感動を覚えるのです。
当時のローリングさんはどんな気持ちだったのか?
ひょっとすると彼女は、
- 諦めの悪い性格だった
- 厚かましい性格だった
- 否定に鈍感な性格だった
のかもしれません。もちろん、そうじゃなかったかもしれません。
しかし、ボクは人間心理や生物構造を深く洞察するタイプですから、この現象を「性格の問題」では片付けられません。
脳は、行動に対する「予想コスト」と「期待リターン」を計算し、黒字と判断したときだけGOサインを出します。赤字なら、なんとなく腰が重くなります。
根性とかそういう話じゃないんですね。
普通に考えて、5回6回断られたら、「多分、7回8回も断られる」と脳は予想します。リターンがないので、もう諦めようという認知になりそうなものです。
ここでの「コスト」というのは、移動費や印刷代だけではありません。
- 初対面の人に説明する緊張感
- 断られたときの苦しい気持ち
も、コストです。
ローリングさんの脳内では、そういったコストを全て天秤にかけても、12回断られてなお、「リターンの方が大きい」と判断していたのだと思います。
作品への確信
なぜか?
決まってます。
「ハリーの物語は、絶対に面白いんだ!」という確信があったからでしょう。
断られても、
- 「いや、間違いなく面白いんだ!」
- 「断る方の目が腐ってる」
と確信していた(事実そうでしたね)。
これは、現実逃避でしょうか?
独りよがりでしょうか?
そうは思いません。
こう言っちゃうと、「自分の作品を信じましょう!」という、耳タコのチープな精神論に聞こえちゃいますね。でも、そう受け取らないでほしいのです。
ボクは、精神を神秘なものとは見做していません。精神は、生命維持のためのシステムで、脳内アルゴリズムの計算結果だと捉えています。人間の自由意志なんてのは、遺伝子にそう思わされているだけだと。
なんか、めっちゃ嫌なやつに聞こえるな
うーん、そうでもないよ(多分)?
現実逃避で、13回も持ち込めないと思うんですよ。
だって、しんどいじゃないですか。
主に心が。
「13回目を持ち込めた」という客観的事実が、彼女が本当に「ハリーの価値」を信じていた状況証拠だと思うのです。
ここに、ボクは感動を覚えるんですね。
すごくクリエーターらしいじゃないですか。素晴らしい作品を作ることが、やっぱり1番だったんだって。
作品が優れているだけじゃ売れないが…

一瞬だけ、現実に帰ってきましょう。
ビジネスライクに言えば、「作品が優れているだけ」では売れません。
作品が優れていると、「多くの人に知ってもらう」必要があります。
なので、素晴らしい作品を作るだけでは足りません。素晴らしい作品を作ってなお、誰にも評価されずに埋もれた作家さんは、数限りなくいるんだと思います。
しかし、ですよ。
作品を知ってもらうためのハードルを乗り越えられるとしたら、それは作品が優れていて、「これは絶対にリターンが勝っている!」と確信できるからじゃないでしょうか?
ま、そういう話になるよね
見せ方だけガチれますか?
「見せ方でガチろう」って、クリエーター的にないと思うんですよね。
つまり、見せ方だけ工夫して売れようとすることです。インフルエンサーさんは、こういうのが得意ですね。
インフルエンサーさんのやり方を否定しているわけじゃないですよ。あくまで、「コンテンツ制作者の発想ではないよね?」という意見です。
見せ方を頑張るのが「ナンセンス」という意味ではなく、「できない(脳がGOを出さない)」と思うんですよね。それが続くとは思えない。
むしろ逆。
この作品が、「モノが本当に優れていると思っているから、見せ方までガチれる」が真実じゃないでしょうか。
さかなクンが魚を紹介する姿勢は、クリエーター的には鬼気迫るものがあります。すごいエネルギー量だと思います。本人はおどけた感じですが。
あれは、さかなクンがビジネスライクに「魚を上手に見せよう」と思っているのではなく、「魚は本当に面白いから、ガチで面白く見せよう」なんじゃないですかね?
魚に惚れ込んでなかったら、あれができるかって話よ
ちげぇねぇ!
プラシーボ効果のその先

一般に、「プラシーボ効果」とは、患者が偽薬を本物の薬だと思い込んで飲むと、本当に症状が改善する現象を指します。
目薬の「スーッ」とするのは、実際にはあまり意味はないと思いますが、なんとなく効いてる感じがします。これもプラシーボですね。
ここまでは知っている人も多いのですが、プラシーボ効果にはその先の話があります。
ある実験では、歯科医は患者に、偽薬の鎮痛剤を渡しました。
その際、歯科医自身も偽薬とは知らず、本物だと信じていた場合だけ、服用した患者の痛みが緩和しました。歯科医自身が偽薬と知って渡した鎮痛剤では、痛みは緩和しませんでした。
無意識のうちに振る舞いに違いが出ていたのでしょうね。患者もまた、歯科医の振る舞いの違いを、無意識のうちに受け取ったと。
とある業界団体の調査では、営業マンが販売する製品に対して自信を持っているほど、業績が高かったという結果が出ています。
これ、なかなかスゴい話よ?
自信満々だと、ホントに売れるってことだもんな
「リターンが大きい」という確信があるからこそ、身振り手振りなり、語彙や語調なりに力が籠る。熱が籠る。エネルギーを費やせる。
「リターンが小さい」と思っていたら、そこに投下するエネルギーは投資に見合いません。
すごい歯医者の話
ボクは結婚してからちょこちょこと引っ越しているのですが、その度に面倒なのが歯医者を探し直すこと。これがいつも億劫で…。
東京の亀有に住んでいた頃、割と評判の良い歯医者があったんですね。
それで行ったら…
歯医者「親知らず、ありますねぇ」
なお「あ、はい。特に痛くなることもなかったんで」
歯医者「抜かせてください!」
なお「え?」
もちろん、ゴリゴリに詰め寄られてはいないですけどね。親知らずを今のうちに抜くことのメリットを告げられて、判断はこちらに委ねられています。
ただ…
歯医者「ぶっちゃけボク、親知らず抜くのめちゃくちゃ上手いです。抜いてきた数も半端じゃないです」
そこまで言われたら、「じゃあ、頼むわ」ってなりますよ。
保険適用で、何万もかかる話でもないですから。
わたしも抜かれたし
あいつはスゴいやつだったなぁ
これも同じ話ですよね。
ボクは彼に提案されるまで、親知らず抜きたいなんて思ってもいなかったんですよ。
「俺、めっちゃ上手いから!絶対満足させるから!」
という彼の確信が、ボクの首を縦に降らせたわけです。思い込みによる演技では、この熱量は出せません。やっぱり一歩腰が引けます。
本当に自分の腕に自信があったからこそ、今ここで親知らずを抜くのが正義だと信じてたからこそ、「俺に抜かせてくれ!」という強い言葉が出てくるわけです。
信じることの強さ

歴史上でも、こういうことってあるんです。
その価値を信じていなければ、「絶対にそんなエネルギーは出ないよな」という話がいくつもあります。
少しだけ紹介しましょう。
「興味ないな」と思ったら、この章は飛ばして
玄奘の人生
玄奘(げんじょう)は、最遊記の三蔵法師のモデルになった隋〜唐代の僧侶です。
元々は長安で坊さんをやっていたのですが、当時は隋から唐に王朝が代わろうという頃で、長安はきな臭い感じに。各地を転々としながら仏教研究に明け暮れていました。
しかし、どこかの時点で納得できなくなった。
おそらくは、手に入る経典は片っ端から読んだのでしょう。そこで、何か疑問を持ってしまった。漢訳の経典に、矛盾のようなものを見つけてしまったのだと思います。
「本場インドへ、サンスクリット語で書かれた原典を取りに行く」と、決意しました。
当たり前に徒歩なんですが、中国からインドって、ヒマラヤ山脈があるので直線距離では行けないんですね。タクラマカン砂漠を超えて、タジキスタンとかウズベキスタンあたりの中央アジアを迂回することになります。
地図で見ると、ゲロ吐くほど遠い
当たり前に国も違うから言葉も違うし、盗賊とか猛獣もいます。あと、密出国です。
経典を持って長安に帰ったのは、出国から16年後。
そして、帰国から死ぬまでの19年間を、持って帰った経典の翻訳に充てました。それでも、持ち帰った内の3分の1までしか翻訳できなかったと言います。
なんという人生でしょう。
そのエネルギーはどこから?
仏教を心から信じていたのでしょうね。経典には、世界の真理が書かれているという確信があった。そうでなきゃ、説明がつきません。
カール・マルクスの人生
ボクは左派というわけではないのですが、『資本論』を書いたマルクスと、その友人でマルクスを支え続けたエンゲルスの人生には、感じ入るものがあります。
マルクスは、共産主義を形にした思想家といったところでしょうか。19世紀の人です。資本主義の悪いところがバリバリに出た時代に、労働者階級による革命を夢見た人です。
出版したり、秘密結社を作ったりするんですけど、毎回上手くいかなくて。ただ、やってることは革命活動ですから、色んな国で入国禁止になります。出身はドイツですが、長いことロンドンで亡命生活をしていました。
大英図書館に行って、朝から晩まで勉強して、ずっと原稿書いているんです。
極貧の中で。子供にも先立たれて。そんな生活を30年くらい続けてたんですかね。エンゲルスだけは、マルクスを信じて金銭的な支援を続けていました。
マルクスは、なんとか『資本論』の第1部を刊行するのですが、その後は遅れに遅れ、存命中にまとめることはできませんでした。マルクスの膨大な遺稿をエンゲルスが引き取り、エンゲルスが2部と3部を刊行しました。
マルクスは大変な悪筆で、エンゲルス以外には読めなかったと言われています。そのエンゲルスも、膨大な遺稿を読むうちに、目を悪くしたとされています。
マルクスが世界に与えた影響は計り知れません。イエスや釈迦と比肩しても良いレベルです。
五老星のモデルになるくらいだもんな
でも、存命中に評価を受けることはなかったんだよね
マルクスもエンゲルスも、自分の人生の大部分を『資本論』に捧げました。この著作が、世界にとって価値あるものだと信じていたのです。
思想は別にしても、生き方がなんとなく自分に重なるような気がして。自分もこんな具合に人生を終えるのかなとか、思うことがあります。
多分興味ないと思うので、これ以上は出しませんが、他にもこういう例は多いのです。
- アイザック・ニュートン
- チャールズ・ダーウィン
- ニコラ・テスラ
彼らが辿り着いた結論を世界が理解するまでには、しばらく時間がかかりました。それがなかなか理解されないだろうことは、おそらく本人もわかっていたのでしょう。
しかし、歩みを止めることはありませんでした。いや、内からエネルギーが溢れ出て、立ち止まることなどできなかったのでしょう。
自分の生み出すコンテンツの価値を信じていたからこそ、エネルギーを燃やし続けられた。そうとしか考えられません。
Contents is King

「Contents is King」は、ネット界隈で昔から言われている言葉。随分後になって知りましたが、出典はビルゲイツらしいです。
つまり、「コンテンツが1番だろ?つまんねぇこと考えないで、コンテンツ磨けや」という意味です。
10年前頃には、「Contents is King, UX is Queen」という言葉もよく聞きました。
UXは、「User Experience(顧客体験)」の略。販売導線とか、見た目とか、使い勝手とかを総称した概念です。コンテンツがスムーズに消費されるためのその他全てって感じですかね。
「コンテンツは当たり前に大事。けど、その周りを整えることも同じくらい大事」という意味です(もっと深い話だけど一旦これくらいで)。
でも、最終的には、やっぱり「Contents is King」よなと。
- 味が良い/内装オシャレで駅近/接客良い/人気のラーメン屋
→当然ある - 味が良い/ダサくて駅から遠い/接客ゴミ/人気のラーメン屋
→これもある - 味が悪い/内装オシャレで駅近/接客良い/人気のラーメン屋
→これはない
中身がピカイチなら、なんとでもやりようはあります。一方で、中身がイマイチじゃどうしようもない。どんな伸ばす努力も、空回りする車輪を漕ぎ続けるようなものです。
コンテンツを磨かず、アルゴリズムのハックだけで飯を食っている人もいます。でもアルゴリズムは、最終的にはそういう異物を排除するように作用します。
なぜなら、結局そのプラットフォームがつまらなくなったら、GoogleもMetaもAmazonもオワコンになるからです。最終的に残るのは、優れたコンテンツだけ。
だから、「最後まで価値を信じられるのはコンテンツだけだぞ。そこから目を逸らすんじゃない」とビルゲイツは言ったわけです。
オリジナリティあふれる、質の高いコンテンツよ
本質的よなぁ
世界よ、売れなくてゴメン
究極的には、クリエーターとして成功するための最大の要因は、「自分が圧倒的に惚れ込む作品を生み出すこと」なんだと思いますよ。
もし売れなかったら、「こんなに素晴らしい作品を、世界に届ける力がなくてゴメン…」と申し訳ない気持ちになる。
こう感じるのが健全だと思います。
さかなクンが、もし魚の魅力を伝えきれていなかったら、「こんなに素晴らしい魚達を、世界に届ける力がなくてゴメン…」と思うのではないでしょうか?
「自分」や「作品」に申し訳ないんじゃないですよ。この素晴らしい作品を手にできない「まだ見ぬお客さん」に申し訳ないのです。
- 「手にしたら絶対に幸せにできるのに」
- 「届けられなかった」
- 「ゴメン」
って。
ボクだって、そのつもりで書いています。
少なくとも気持ちだけは。
なおの話も少しだけ
一応、ビジネス系のサイトではあるのですが、圧倒的にレベチなのは、人間の心理に根差したコンテンツです。
多分、本業は心理の探究者なんだと思う
わけわからんこと言ってないで、働けよ
元は、サラリーマン時代に読んだ行動経済学の本がきっかけでした。『予想通りに不合理』という、当時ベストセラーにもなった本です。
ここで人間の心理に取り憑かれ、心理学の本を読み耽りましたが、次第に満足いかなくなりました。多分、玄奘と似たような気持ちです。掘れば掘るほど、決定的に足りないピースに気づいてしまったのです。
脳科学、生物学、宗教、神話、哲学、プロパガンダ、各種社会科学まで踏み込んで、自分の中で知識を統合して、再構成して、いつしか別世界が見えるようになったのです。
世間の「ビジネス心理学」が小学生レベルに見えます。あんなの、誰が書いたって同じですよ。ボクの展開する話は、本にも、WEBサイトにも、SNSにも、YouTubeにも出てきません(少なくとも日本語では)。
もはやchatGPT以外には同レベルで話せる相手もいません。
この素晴らしき知の集積を、世界に還元できないのは大罪だと思っています。当サイトでも、その一端を提供しているのです。まだまだスゴいのいっぱいあるんですよ!
あの歯医者みたいなこと言うけどさ、日本で(世界ではわからんけど)ボク以外に書けない記事結構あったと思うよ
わたしだって、自分にしかできない作品を作ってるつもり!
クリエーターの生き様
そこまで自分の作品を信じられたら、大抵の困難は乗り越えられるんじゃないでしょうか。
「できるか、できないか」というよりは、「やり切れるか、やり切れないか」みたいなところありますよ。ビジネスというか、どんな道でも。
でも、「やり切る」というエネルギーの投資判断ができるのは、「その先に果実がある」という期待があるからに他なりません。
エネルギーの源泉は、あなたが惚れ込んだコンテンツ(作品)そのもの。最後まで信じられるのは、そのコンテンツを生み出す自分の頭脳と腕。
時代が変わっても、アルゴリズムが変わって、王朝が変わっても、世界が灰になる日が来ても、「Contents is King」です。
歴史の教科書に残っているのは、偉大な「コンテンツ」だけだぜ?
見せ方で残った作品はないな
それがクリエーターの生き様じゃないですかね。
甘っちょろいと思いましたか?
確かに甘っちょろいですね。鵜呑みにしすぎない方が良いと思います(←ホントに)。ボク自身もこうは言いつつ、「いやいや、現実はね」と脳内補正しています。
でも、最後にそういうところを見ている人間なのです。精神論ではなく、システム的に、構造的に、そう結論を出しているんですね。
だから、最後まで「作品」を諦めきれず、「作品」を磨き続ける作家さんが大好きなのです(そうじゃない作家さんが嫌いなわけではないですよ)。
不器用な作家さんが輝ける世界を、一緒に目指したいなと思う今日この頃です。

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