現状「ゾウステージ以上」の限定公開です。リンクの拡散はご遠慮ください。
本記事は、なおが個人的なメモとして残しているβ版です。
追々公開することになると思いますが、現状では課題があるため手元に残しています。
【課題】
- ノウハウとして活かすには想像力が必要
- 記事構成がちょっと雑で冗長
- 検証が取れていない
書いてあることは画期的ですが、意欲的で、走りすぎている感が。当たらずとも遠からずだと思いますが。
ずっと温めているのももったいないので、コッソリ共有しておきます。
事前情報がクソみたいに長いので、冒頭から3分の1はスキップでも良いかと。もちろん、最初から読んだ方が理解は深まります。
人は、美しいものに目を奪われます。
「配色が美しい」
「景色が美しい」
と、感じるがままに表現しますが、
「なぜ美しいと感じるんだろう?」と、構造的に考える人は少ないのではないでしょうか?
「美しい」はポジティブな感情。脳から与えられた報酬(ご褒美)です。生物学的リターンをもたらす光景だから、脳が「もっと見ろ」「ここへ行け」と言っているのです。
ということはですよ。
この「美しさの構造」が解明できれば、美しさを再現できますね?
脳が、「どうしても視線を止めなければならない」と判断する絵面を、狙って作ることができますね?
世界中の99.9%の人は、「なんとなく美しい」という感覚に頼って、シャッターを押したり、作品に落とし込んだりします。熟練者は、感覚的に正解を測るのでしょう。
「なんとなく」を構造的に再現できたら…。もちろん全て解明は難しいですが、その一端でも解明→再現できたら、どんな強力な武器になるか。
仮に、この作戦が上手くいったとしましょう。そうなったら、周りの人は、なぜその絵面がウケているのか理解できない。理解できないから、模倣できない。
素晴らしい参入障壁じゃない?
これがホントなら、もう裏技だな!
「美しい」の正体

本記事が対象にする「美」は、「景色」や「色」のような視覚的な美しさです。
詳細は↓の記事に書いてあるので、ここでは手短に。と言いつつ、少し違う語り口で展開しようと思います。
作家さんは、美観に優れた「美しい作品」を作るために、日々研鑽を積んでいます。
絵画でも、彫刻でも、陶芸でも、建築でも、音楽でも、その業界の美しさの理論があ…
美しさとは、「予測可能性」に宿ります。
突然言われても、サッパリ意味がわからないですね。
世界の歩き方を知っているか?
人間の赤ちゃんは、真っさらにかなり近い状態で生まれてきます。
逆に言えば、人間以外の動物は、人間ほど真っさらで生まれてこないんですね。生まれた瞬間から、誰に教えられなくても、ある程度世界の歩き方を知っています。
例えば、クモやミツバチは、誰に教えらなくとも幾何学的で丈夫な巣を作ります。
ミツバチに至っては、あの巣をロクなコミュニケーションもないまま、共同作業で作り上げます。全体を見渡す監督もなしで。人間には絶対にマネできません。
最初から、遺伝子に巣の作り方がインプットされているのです。
「世界の歩き方を知っている」というのは、こういうことね
赤ちゃん時代が非力だからこそ強くなる
一度に大量に産卵する種では、親は子供の養育などしません。「あとは勝手に頑張れ」です。ということは、生まれたばかりの赤ちゃんでも、世界の歩き方を知っていることになります。
そこいくと、人間の新生児ができることと言えば、「呼吸」「泣く」「おっぱい飲む」くらい。なんと非力なのでしょう。
他の動物が、遺伝子にプリセットされているような行動パターンを、人間は、生まれた後に学習するわけです。だから、どんな動物よりも長い養育期間が必要なのです。
なるほど、確かにそうだな
しかし、赤子の非力さは、人間の強さの源泉でもあります。
他の動物は、世界の歩き方が遺伝子に焼き付けられてしまっているので、後から行動パターンを変えることができません。行動パターンを変えるためには、何百〜何万という世代を経て、遺伝子を改変(=進化)しなければならないのです。
人間は、生まれた後に世界の歩き方を学ぶので、一代で環境変化に適応できます。だからこそ、遺伝子が知らない「車の運転」や「コンピュータで表計算」ができるのです。
世界を知れる情報はご褒美
このような設計の人間にとって、世界の有様を学習することは、「食べること」と匹敵するくらい重要な仕事。世界を知ることは、食欲に匹敵する強い欲求が働きます。
ただ、世界を隅々まで、つぶさに知ることはできません。全ての人に会うことはできませんし、世界中の陸・山・海を踏破することもできません。
「学習」とは、我々が生きる「世界の予測モデル」を作ることなのです。
- 雲が出た→雨が降る
- 石で叩いた→割れる
- 腹出して寝る→風邪ひく
- Enterキーを押す→改行する
といったように、「世界はこういう法則で動いているんだ」という予測を立てるわけですね。
新しい情報に出会って、予測モデルを拡張できることは、生存に極めて有利。だから、脳は「もっとやれ」と報酬を出します。人間が「遊ぶ」理由はここにあります。
目の前の情報が予測モデルに合致していると、安心します。答え合わせで丸が付くのと同じ。これも報酬です。ただし、学習済みの情報を何度も見せられると、学ぶ箇所がないので、退屈に変わります。
全く予測モデルが立てられないカオスに出会うと、強い不安を覚えます。その事態に対処する方法が見出せないからです。こういう対象には、不快感というマイナス報酬が当てがわれます。
美しいとは?
「美しい」というご褒美感情は、
- 目の前の情報から、予測モデルを拡張できたとき
- 目の前の情報から、予測モデルを拡張できそうなとき
にアサインされます。
実のところ、「楽しい」や「興味深い」とよく似た感情なのよ
視覚的な美しさ

- 整列された図形
- 規則的な配置パターン
は、「こういうパターンで並んでるのね」と法則性を見つけやすいですね。
規則性が見出せないと、
「ごちゃごちゃ」
「収まりが悪い」
「なんか気持ち悪い」
となり、美しくありません。
世界を圧縮して理解する
表現の仕方を変えると、複数の情報に共通性を見出して、認知を圧縮できるかです。
算数チックに説明します。
線グラフの上に「9個のデータ」が並んでいます(と想像してください)。
そのデータが、点でバラバラで共通点がないと、9個全てを理解しなければなりません。これは認知圧縮率0です。美しくない。
その9個のデータが、ちょうど2ずつ増えていくとしたら、「Y = 2X」という1つの関数で理解できます。認知を大幅に圧縮できました。美しい。
一粒でより多くの世界を学べることが「美しい」なんだね
公式の「美しい」とは、こういうことだ
算数の例は、わかりやすいようで、人によってはわかりづらいかもしれませんね。
国語に直して説明してみましょう。
- 毛が生えていて、
- 尻尾があって、
- 舌を出して「ハァハァ」している
物体が9つあります。
このままだと、9つの物体を個別に理解しなければなりません。
しかし、「犬」で一括りにラベル付けできると、あらスッキリ。1つのロジックで9つの物体を理解することに成功しました。
これが、世界を圧縮して理解できるということね
それが、「美しい」になるのか!
3次元のヒント
網膜に入るのは平面で、脳が本来見ているのは2次元です。しかし、実際には3次元に見えます。脳が、そう見えるように補完しているからです。
余談ですが、錯視が起こるのは、特定の状況下で、2次元→3次元への映像調整でバグが起こるからです。脳は、目で見たままを見せているわけではないのですね。
3次元のヒントになる情報は、脳にとって報酬です。
「縦 × 横」の情報に加えて、
- 奥行き
- 裏側
- 距離感
- 重量感
- 材質
- 硬さ/柔らかさ
などを、映像内の情報から推測したいわけです。
被写体は、真正面よりも斜め45度が好まれます。真正面よりも情報量が多いからです。正面と横が見えて、凹凸なんかも見えます。
遠近法が美しいのも、それが3次元の世界をより雄弁に語ってくれるからです。
推測手がかりが多いほうが、脳にとっては報酬。
必ずしも「美しい」とは受け取られない情報もありますが、「目を惹きつける」という意味では効果絶大です。
さらに高度な美
がしかし、究極の美は、ギリギリ読みきれない塩梅。
いくつかの規則性は確認できる。そこに描かれている世界は理解できる。けど、全てを解明しきれない。後ちょっとでわかりそうだけど、わかりきらない。
ここは謎解きにも似ています。ギリギリ解けない「謎」は美しいのです。「謎」が鑑賞の余韻となり、長い時間の鑑賞に耐える作品となります。
日本伝統の侘び寂びや、抽象画は、こういった思想で作られています。

ja.wikipedia.orgより引用

デン・ハーグ美術館
一見すると、何かの法則性で配置されているように見えますね。
その予測プロセスを持って、「美」としているわけです。
あれ?「美」って何なんだ…?
ドツボにハマるから、「見ることが脳にとっての報酬」くらいに留めといた方が良いね
「光」と「色」の美しさ
「美しい」は、絵画にも、音楽にも、数式にも当てはまる汎用的な形容詞です。
本記事は、視覚的な美しさとして、
- 主に「光」(対となる「影」)
- そして「色」
に焦点を当てています。
「光」「影」「色」の美しさの根源を知ろう!
再現してぇ〜
「光」は超超超超重要!
まず持って、「光」がどれだけ偉大な存在かを知るとこから始めましょう。
もし、光がなかったら?
世界は漆黒に包まれます。
電気消した部屋のレベルではないですよ。完全に塗りつぶした黒です。モノの形も一切判別できなくなります。「光がなくなる」は、「目がなくなる」と同義です。
世界が予測できるのは、大部分は光があるからです。
だから、光は無条件で美しい。
環世界
もう少しだけ深い話にお付き合いください。
実は、あなたが見ている世界は、実在しません。
いや、世界は存在しているんですけど、それはあなたの脳がそう見せているだけ。あなたが見ている通りの主観的な世界は存在しないという意味です。
え?怖い話…?
いや、科学の話
古典的名著『生物から見た世界』では、それぞれの生物が見ている脚色された世界を「環世界」と呼んでいます。
「輪郭」だけの世界
コウモリを想像してみましょう。暗闇で暮らしているので、目はほとんど機能していません。代わりに、超音波によって世界を認識しています。
超音波は、音の波です。物体に当たって跳ね返った音波を察知して、モノの形を把握しています。
コウモリの環世界には、おそらく色は存在しません。目が全く機能していないわけではないので、光の「明るいor暗い(白と黒)」はわかりそうですが。
モノの輪郭だけがわかる。それが、コウモリにとっての環世界です。
「赤外線」が見える世界
温度によって獲物を探知している蛇や蚊は、赤外線を感知する器官を持っています。蛇や蚊の環世界には、人間には見えない赤外線が現に存在するわけです。
目で見ているわけではありませんが、実態としては「見ている」と同じような感覚でしょう。
「酪酸」だけの世界
ダニは、動物の汗や皮脂に含まれる酪酸を感知して寄ってきます。ダニの環世界は、もはや酪酸しか見えていない可能性すらあります。
では、人間の環世界はどうでしょう?
主に視覚に頼って、光でもって世界を把握しています。
この後も繰り返し触れることになりますが、「光」と、対になる「影」は、3次元の世界を理解する上で、最大のヒントになります。

前述の通り、網膜には2次元の平面映像しか見ていません。
光を受け取った目が、脳に生の視覚データを送って、脳は3次元に解釈した上で、あなたにその光景を映しているわけです。
世界を知る最大級のヒントなんだから、最大級の報酬になってなきゃ辻褄合わないよね
「光は無条件で美しい」ってのは、そういうことか!
世界を分断したネットミームも「光」の仕業
大昔に話題になった、「このドレス何色に見える?」のネットミームを覚えているでしょうか?

- 「青 × 黒」に見える人
- 「白 × 金」に見える人
に分かれます。
これね!結局どっちが正解だったの?
「青 × 黒」が正解なんだって
光の当たり具合から演算して、
- 光が差しているなら「青 × 黒」を
- 影になっているなら「白 × 金」を
見せているんですね。

マジ?これが同じ色だと…!
この例を1つ見ても、脳が視界に入った生データをそのまま見せているのではなく、相当な補正をかけていることがわかります。
一体脳は、光からどれほどヒントをもらっているのでしょう?当たり前すぎて何も感じませんが、光の偉大さは、筆舌に尽くし難いものがあります。
「光が、あなたの世界を作っている」と言っても、全く大袈裟じゃない
「色」も光
実は、「色」は光です。
遡っていくと、まず「光」は電磁波です。
電磁波は文字通り波の形になっていて、波長の長さによって、
- γ戦
- X線
- 紫外線
- 可視光線
- 赤外線
- テレビ電波
- Wi-Fi
など、呼び方が変わります。
電磁波の中に目に見える波長がごく一部存在します。それが、「可視光線」です。

光とは、可視光線のことなのです。
可視光線の中に、あの7色のスペクトルが含まれています(厳密には7色ではなく、無限のグラデーションですが)。
あなたが見ている色は、実際には可視光線に含まれる光の色。
リンゴが赤く見えるのは、リンゴそのものが赤いからではありません。リンゴが可視光線の赤の波長だけを反射しているから、赤く見えるのです。見ているのは、光の色です。

光が白く見えるのは、すべての可視光線が重なると、白くなるからです。絵の具の場合は、全部混ぜると黒くなりますが、光の場合は白くなります。
虹や魚眼レンズやプリズムは、光の色を可視化します。
可視光線の波長による屈折率の違いを利用して、光を分解して見せているからです。この仕組みを「分光」と呼びます。

ちなみに、可視光線は「人間の目に見える電磁波」という意味なので、他の動物には当てはまりません。
昆虫や鳥は紫外線が見えているので、人間には見えない色が見えているのでしょう。それがどんな色かは、人間の脳では再現不可能です。
「ここWi-Fi飛んでんな!」みたいな感じw
Wi-Fi周波数の電磁波が見えている動物も、ひょっとしたらいるのかも?
色も美しい
ここに、光と共に、「色」の美しさの原点があります。
色は光であり、色によって世界には大量の情報が付加されています。
一般に、無彩色よりも有彩色の方が美しいと感じるでしょう。
白や黒は、「明るいor暗い」の明度しか情報を持っていません。
赤や青は、そこに色彩と彩度が加わっています。有彩色はより情報量が多く、より世界を雄弁に語っているわけです。
美しい色はあるのか?
単色の有彩色に、「美しい色」は存在するのでしょうか?
実のところ、認知科学的には、「絶対的に美しい色」というのは存在しません。
あ、ないんだ
ただし、「人間が好みやすい色」は存在します。
主に、「青」「緑」です。
おそらくは、遺伝子がこの色を見慣れているからだと思います。遺伝子が前提としている時代は、どう短く見積もっても1万年前。遡る分については、いつまででしょうね。
人間は、人間に進化する前の哺乳類なり魚類なりの遺伝子を、いくらか引き継いでいるはずです。だって、同じように目や鼻や背骨があるんですから。
人類だけなら700万年ですが、その前まで遡るなら何億年の単位になるでしょうね。
悠久の時の中で、ご先祖様の世界では、その色にどんな意味があったのか。
ご先祖に想いを馳せると、色への好みがわかってくるよ
「青」は美しい

どの文化圏でも、好きな色No.1は、大体「青」で共通しています。
理由はわかりますね。
- 空
- 水
の色だからです。およそ見ない日はない。何億年も毎日見続けた色です。
また、青く見える空や水は、見通しが良い状態です。見通しが良ければ、予測可能性が上がります。
これらの点を踏まえ、「青=生存可能環境」のシグナルになります。
だから青は、安心するのか!
「緑」は美しい

「緑」が美しいのも、想像がつきますね。
- 植物
- 水源存在
- 食料可能性
- 生態系の豊かさ
つまり、「緑=生命維持可能環境」のシグナルです。
砂漠を歩いていて、向こうに緑が見えたら嬉しいじゃないですか。「あぁ、生き延びられる…」って。当然ながら報酬ですよね。
なので、「緑が嫌い」という人は、まずいないだろう
「赤」は解釈が分かれる

「赤」は、美しいと感じる人もいれば、そうでない人もいます。
- 果実
- 新鮮な肉
- 肌の紅潮
という意味では、ポジティブな色です。
一般に赤い服は、女性の魅力を引き上げると言われています。それが、肌の紅潮の色で、男性にとっては報酬になっているからです。
ただ同時に、
- 血液
- 炎
のような、危険な色でもあります。
少なくとも、青や緑のように、あたり一面が真っ赤に染まることは通常ありません。
果実にしろ、血にしろ、炎にしろ、そこに注目しなければならない色です。ゆえに、美しさはマチマチですが、目を惹く「強い」印象はほぼ共通です。
赤は、「注意色」っていうもんね
黄色も同じで、注意色だね
美しくない色
進化環境において、好ましくない環境で多く見られる色には、好意を持ちづらいものです。
例えば、
- 濁った黄褐色
- 腐敗を連想する色
- 荒涼とした岩肌の色
は、生存環境には適しません。
故に、イメージはネガティブです。
本来、「美しくない色」というのはないのですが、実態としては、美しくない色という扱いになってしまうでしょう。
色選びの話は、↓もご参考に
配色の美しさ
色単体ではなく、2色以上を組み合わせた場合の「美」を考えてみましょう。
「秩序ある色の差異」が、配色の美です。複数の色の関係に規則性を持たせることで、美しさを表現できます。
「単色」よりも、「配色」の方がコントロールしやすいよ
手心加える余地が大きいってことね!
「同系色」は美しい

同系色は、「近い色で組み合わせているんだな」と、ルールを理解できます。
やり方は、大きく3種類。
- 色彩をちょっとズラして並べる
- 明度をちょっとズラして並べる
- 彩度をちょっとズラして並べる

1番無難で美しい配色です。
間違いない配色!
「グラデーション」は美しい
グラデーションカラーは、色相が少しずつ変化します。
基本的には、その「少しずつ」が等間隔です。コンピュータ上で作るグラデーションなら、キッチリ等間隔で変色していきます。
この色相の変化は、脳内では、「連続関数」のような処理になります。

縦横の2次元グラフを想像してみてください。
グラフに点打っていったときに、ランダムにあちこち打たれるのではなく、点をつなげると1本の線グラフになります。線が途中で途切れない。
1つの関数で表せると、認知圧縮率が高い。
グラデーションには、数学的な美しさがあるね
「補色」は美しい

補色とは、色相環のちょうど逆サイドにある色のこと。
同系色とは逆の発想です。
むしろ色に差をつけているわけですが、ランダムな差ではないんですね。色相環上で規則的関係を持つ「秩序ある対立」です。
3色で配色するときは、色相環上の等間隔の3色選ぶ「トライアド配色」が使えます。

あまり増やすとごちゃごちゃしますが、4色でも5色でも同じ発想が使えます。
色数を制限すると美しい
シーンにもよりますが、
- 商品
- 提案資料
- Webサイト
で使う色は、2色かせいぜい3色です。
よく見るのは、以下のようなバランス。
- ベースカラー:70%
- メインカラー:25%
- アクセントカラー:5%

結局、何色も使ってしまうと、色の階層構造をキープできなくなるからです。
「5番目と6番目の色の違いは?」
「どっちが上位の色?」
と、混乱が起きてしまいます。
予測できない配色は、美しくない
色使いはルールが大事!
高度な配色
基本は、整然とした規則通りの配色です。無秩序よりは、間違いなく秩序があった方が美しい。
しかし、完全に規則的でパターンが読み切れてしまうと、そこで予測モデルが収束します。その対象は学習対象から外れるので、これ以上の鑑賞に耐えなくなります。
そこでアサインされるのが、「退屈」という感情。
プロは、規則的な配色からちょっとズラします。瞬時に予測モデルを収束させないことで、引き続き注意を惹きつけるのです。

これは「高度な美」です。
一定のラインを超えてしまうと、「ごちゃごちゃ」になってしまうので、ラインを超えない範囲で逸脱する「外し」で留めます。
ジャズの外しと同じですね。予想を外してくるんだけど、曲調は保たれている。この塩梅です。
「外し」は、基本がわかっていないとできない
だからプロの仕事なんだね!
「花」はなぜ美しい?

花は、自然界で特に美しいとされているもの。単体で花より美しい自然物は、パッと思い浮かびません。宝石くらいですかね。
花が美しい理由は、まずその規則的な形状にあります。「フィボナッチ数列」と呼ばれる規則的な数で、花びらが配置されています。
本記事では「色」にフォーカスしたい
まず、ベースの「緑」があります。万人が美しいと感じる緑ですね。
規則的な配置が基本ですが、規則的すぎると、予測モデルが収束して退屈です。ちょっとした逸脱があった方が美しいわけです。
緑一色の中に、例外的に、「黄」や「紫」や「赤」が入ってくる。このアクセントが、外しとして効いてきます。ここに、美が宿るのです。
そういう意味で、「緑」の部分も重要です。花の部分だけでも、規則的な構造+有彩色で美しいのですが、それが緑の中にあることで、さらに美しさが際立つからです。
美しい構図【秩序編】
あちこちいく記事ですみません(記事構成が美しくないw)。
ここからは、主に写真や画像の構図に使えるパターン集です。
自然と人の目が吸い寄せられてしまう構図です。本能レベル、無意識レベルで求めている絵面なので、抗いようがありません。
しかも、この法則を理解している人は極めて少ないので、なぜその構図がウケているのかを、誰も理解できません。ゆえにマネされないと。
想像力を働かせれば、「美観に優れた作品」も作れると思う!
よっ!待ってました!
ちなみに、よく言われる「三分割法」とか「日の丸構図」とかでは全くありません(それはそれでやってください)。
- 「被写体をどう切り取るか」という「How」の話ではなく
- 「何を被写体に加えるか」という「What」の話です
一般的な構図と共通するアイデアも一部ありますが、そうでない方が多いです。
おそらくは、写真家の人たちは自然と理解しているのでしょう。そういったテクニックを再現可能な形に翻訳したいと思います。
もちろん、作品画像にも応用できるぜ〜
シンメトリー(左右対称)

https://www.ana.co.jp/ja/us/japan-travel-planner/kyoto/0000008.htmlより引用
左右対称物は、左側の構造が、反転してそっくりそのまま右側にも配されています。
予測しやすい規則性が、美しさになっています。
商品やロゴを左右対称にデザインするというアイデアもあれば、写真の枠内が左右対称になるように誂えるというアイデアもありますね。
反射
水面や、磨き上げられた床板に反射する風景。美しいですね。
なぜ美しいのか?
光が、画面内に追加情報を与えてくれているというのもあります。
しかし、それだけじゃない。
対象物が、上下対称で映り込みますね。

シンメトリーは、左右で同じ構造が繰り返されているために、規則性が働いて美しく見えます。シンメトリーの上下版が、反射なのです。
じゃあ、左右シンメトリーの構造物が上下に反射している構図は?
格別な美しさでしょうね。
ピッタリハマる
ジグソーパズルの快感は、ピッタリと隙間なくピースがハマること。
「このピースとこのピースが対応しているんだ」という秩序を発見した瞬間です。

www.dougukan.jpより引用
化学でも推理小説でも、「ピンッ」とつながって、「そうか!」となりますね。感覚としては同じです。そこに、対応する関係性を見出した快感です。
他にも色々あります。
「シンデレラフィット」は、ピッタリとハマる秩序に惚れ込むのでしょう。使い勝手は悪化してそうな例も見ますが、それはそれとして、ハマると美しいのです。
大工さんが、別々に作ったパーツを組み合わせるとき。寸分違わずに、スッと、ビシッとハマる。美しいですね〜。
ずっと見ていられる気がする
整列

被写体を等間隔に整列させると、規則性が生まれます。
アパレルブランドでも、よく見られる手法。
また、商品をガバッと集めての撮影は、お客さんには難しく、売り手側の特権みたいなところがあります。インパクトのある絵面にもなりますよ。
商品1つだけよりも、間違なく映えます。
これは即使えるな!
局所外し

概ね秩序立った画面の中に、法則からズレたヤツが1つだけある。
というパターンの局所破壊です。
商品を等間隔に並べつつ、1つだけちょっと傾けてみる。
この微妙な変化で、予測モデルの収束を遅らせることができます。一般的に「美しい」と言われてはいないかもしれませんが、間違いなく人目を惹く絵になります。
- モノクロなのに、そこだけ色がある
- 人混みの雑踏の中に、1人だけ白い服
- 大自然の中で、ポツンとある鳥居
などなど、応用は無限に考えられますね。
次の画像は、広告界のレジェンドであるデイヴィッド・オグルヴィが、ギネスビールをアメリカ市場に普及させるために打った広告。

右下を見てください。
規則的な配置の中で、ビール瓶だけ枠からはみ出てますね。この手の「はみ出し」は、マンガのコマ割りでもしばしば見られます。
ここだけ規則違反なので、自然と視線が引き寄せられます。その視線の先に、ちゃんと広告する商品を持ってきているわけです。
広告クリエイティブは勉強になる!
円環

「円」は、図形の中でもっとも規則的です。
縦横比は同じ。尖ったところもない。外周のどこ取っても、中心からの距離は同じ。
自然界でもっとも安定する形は円でしょう。
星の形がまさにそう。宇宙を漂う物質が重力に引き寄せられて、結果丸くなります。例外はありません。星の軌道も円(楕円だったりはしますが)ですね。
6角形?8角形?16角形?
最後は円に落ち着きます。その先はない。
これ以上に規則的で、美しい図形があるでしょうか?
確かに。「円」って落ち着く形状
円窓って、実用性ないけど美しいよね
それだけじゃありません。
円は、始まりと終わりがつながっています。つまり、「円環」です。
言い方を変えると、終わりがない。自分の尻尾を加える蛇「ウロボロス」は、無限や永遠を象徴しています。
右から左に直線的に鑑賞して終わるのではなく、円環的にグルグルと見続けられる。これも、一種の余韻と言えるでしょう。
六角形
円形の規則性を語りつつも、自然界で普遍的に見られる六角形もまた、規則性のある図形と言えるでしょう。
隙間なく敷き詰めることができる図形は、三角形、四角形、六角形のみ。五角形も条件付きで敷き詰め可能ですが、正五角形では隙間ができます。
中でも、もっとも強度が安定する形状が正六角形。
また、蜂の巣に見られるように、空間を広く使えるのも六角形です。四角や三角では、収容できる蜂の子の数が減ってしまうのです。
ハニカム構造っていうよね
それそれ。三角や四角を積み上げても、ちょっと圧力かけたら崩れちゃうのよ
ミクロからマクロまで、実に多種多様な六角形が存在します。

- 脳内のグリッド細胞
- 蜂の巣
- 亀の甲羅やキリンの模様
- 柱状節理(規則的にできる岩石の柱)
- 土星の北極点上空にできる雲
円の次に美しいのは六角形。
と言っても、差し支えなかろうと思います。
美しい構図【光編】
お次は、世界を照らす「光」を味方につける構図。
光は、差し方や色によって、世界を推測するヒントをくれます。そこに美が宿るのです。
なお、光と影は対なので、「影」を意識することも重要。影すらも、美しいのです。
日の出/日の入り

日の出と日没に訪れる幻想的な時間。写真の世界でも、「マジックアワー」として知られています。
日の出と夕暮れが美しいのなんて、誰でも知ってるって?
では、なぜ美しいかわかりますか?
青一色でもない。黒一色でもない。
グラデーションカラー。
お、さっき出てきたグラデーション!
まず、光の情報が多いよね
そして、影が1番長く落ちる時間です。長い影と影の方向によって、時間帯を知らせてくれます。これも世界を推測するヒントです。
また、日の出も夕暮れも、時間にして1時間未満の短い時間です。
- もうすぐ朝が来る/夜が来る
- もうすぐ気温が上がる/気温が下がる
- もうすぐ活動する時間/休息する時間
と、実に多くの情報を教えてくれます。太古のご先祖様は、日の出も夕暮れの景色を見て、生活リズムを整えていたのでしょう。
世界を、より雄弁に語ってくれる時間だからこそ、脳はご褒美を受け取っているんですね。
長い影

趣旨はマジックアワーと重複します。「長い影」単体でも、やはり世界を推測するヒントになります。ゆえに、美しい。
また、被写体が写っていなくても、影だけ出ていれば、画面枠外に何かがあることはわかります。これもやはりヒントです。
他にも、距離感や、被写体の大きさなど、さまざまな情報を与えてくれますね。
影の力、侮るべからず!
太陽が真上に来る正午は、この辺りのヒントが少ないのよね
光芒
光芒(こうぼう)とは、細長く伸びる一筋の光のこと。
ボクは高校生の頃、お台場のバイト先まで自転車で通ってたんです。ある日、バイト先に向かおうと、臨海エリアを走っていたときのこと。午後3時半くらいですかね。
顔を上げると、品川のビル群を背に、金色に輝く雲の切れ間から、スッと一筋の光。天使が舞い降りてくるのかとドキドキしました。それくらい現実離れした光景でした。
生涯で、あれほど美しい光景は他になかった
なぜ、光芒が美しいのかといえば、普段は白くて見えない光が可視化されるからです。
教会の窓から差す光も光芒です。

https://ginzamag.com/categories/culture/502760より引用
木漏れ日も光芒の一種です。

木漏れ日の下で本を読むと、開いた本に光がまばらに落ちてきます。これだけでも、美しいと思えるものです。
光芒は、影がないと成立しないので、まさに光と影が織りなすイリュージョンですね。
凹凸
凹凸は、影を生みます。
影のでき方によって、物体の形や質感がわかりますね。

西洋絵画は、伝統的に「理想的な肉体」を至高の美と見なしてきました。ちなみに、豊満な女性よりも、筋骨隆々の男性の方がより美しいとされています。
「生物として、強そうな方が良いよね」という本能はもちろんあると思います。が、凹凸で影ができることも大きいな理由でしょう。特に、彫刻や絵画においては。
洋服でも、しばしば「ドレープ」が美しいとされます。布が自然と垂れ下がったときにできるひだのことです。これも、凹凸による質感のヒントが大きいからでしょう。
暗闇 × 光
花火はなぜ美しいのか?
イルミネーションはなぜ美しいのか?
本来であれば漆黒のカーテンで覆われた世界に、光を照らしてくれるからです。本来見えるはずのない景色が見える。報酬に違いありません。

実物を見たことはありませんが、オーロラはどれほど美しいのでしょう?きっと感動しちゃうんでしょうね。
- 星空
- 夜の工場
- 夜の焚き火
- 真夜中の信号機
- 100万ドルの夜景
- 雪が深々と降る夜に、そっと光を灯す街灯
美しいですね。本当に。
美しい構図【季節/天候編】
季節感があるものは、大抵美しいですよね?
なんで美しいかって?
そりゃ、季節を教えてくれるからですよ。
季節や天候を推測できる情報も、世界を知るヒントになります。
雪
雪を見れば、
- 今が冬で
- 気温が低く
- 世界から実りが絶える季節が来る
とわかります。
その情報は、人間にとって有益な情報ですね。

あとは、雪の降り方や粒の大きさも、天候を推測する情報になります。積もり具合でも、色々見えてきますね。
雪の面白いところは、逆に地面の情報を消してしまうんですね。代わりに、その場所の地形が一目瞭然です。
「こんな地形の場所なんだぁ」という気づきも、予測モデルの更新になります。
さらに畳み掛けるなら、
- 轍の跡
- 大きさの違う2つの足跡
なんかがあると、またそこに推測余地が入ってきますね。
紅葉

もはや、季節の風物詩を並べた感じになっちゃってますが、紅葉も同じくです。
夏が終わり、これから冬がやってくるサインです。
花
花は先ほども例に挙げましたが、花には季節感がありますね。
桜はなぜ美しいのか?

1番は、咲く期間が短いからでしょう。
ソメイヨシノが全て接木のクローンという話は、皆さんご存知かと思います。クローンなので、個体差なく一斉に開花し、一斉に散ります。
季節感の出しっぷりが半端じゃない
ただ、桜に関しては、「特定の時期を指し示している」という世界予測ヒントの意味よりも、「今しか見れない」という希少性の方が強く出ているかもしれません。
ともかく言えるのは、もし桜が年中咲いていたら、これほど愛されてはいないということです。
桜に限りませんが、花はしばしば咲き乱れます。
一種の規則性にも似た光景が繰り広げられます。しかし、完全に規則的ではなく、いくらかのランダム性もある。脳にとっては、解明できそうでできない絶妙なラインです。
雨
ただの雨も、世界にさまざまな情報を落としてくれます。
- 窓についた水滴
- 水に落ちる波紋
- 水たまりの反射
- 気温
- 濡れた質感
- 風の向きと強さ
などなど、実はかなり多くの情報を与えてくれますね。

浮世絵の雨は、もはやただの線しか描かれていません。
これがなかなかどうして。
世界を知る手掛かりになっていて、目には美しく映るのです。
美しい構図【景色編】
景色の美しさに関しては、「prospect-refuge-theory(眺望−隠れ場理論)」という理論で説明されています。
- 危険を察知するために見晴らしが良い場所(prospect)
- 身の安全を守るための隠れ場(refuge)
の両方を満たす空間に、心地よさを感じるという理論です。
「見晴らしが良い=周りの構造がよく見える=予測モデル立てられる」なので、脳にとってはご褒美。高台や水辺などが好まれます。
どこでも構わないので、「景色」で検索すると、ほぼ例外なく見晴らしの良い景色がヒットするします。
これもちゃんと理由があるんだねぇ
高台
高台から街や自然を見下ろすと、とても気持ち良い。
進化的には、
- 敵を発見しやすい
- 獲物を発見しやすい
- 地形を把握しやすい
という利点がありました。
そして、やはり情報量が多いのです。

視界が10m先までしか見えない光景と、10km先まで見える光景。
視野角は同じですが、どちらが
- より広い世界を知ることができるか?
- より認知圧縮率が高いか?
- より情報密度が濃いか?
文字通り、一目瞭然ですね。
展望台は、誰にとっても気持ちが良い眺めなのです。
水辺
「海」「川」「湖」は、高台の見晴らしと同じ効果があります。
水面には障害物がないので、水平線が切れるまで見えます。ちなみに、人間の背の高さからだと、4〜5km先まで見えます。圧縮率が高いですね。

もちろん、進化的には、
- 飲料水
- 食料
- 移動手段
という利点もあったのでしょう。
それだけではありません。
- 反射する
- 光る
- 波
波の大きさからは、風の強さが窺い知れます。その波には規則性と若干のランダム性があります。自然に見られる美の典型パターンです。
水面がシンとしているなら、風がないとわかります。それも1つの情報です。
水の表情は、案外と情報が多い!
岬

岬とは、海にぴょんと突き出た桟橋みたいな陸地。ちっちゃい半島。
岬に立つと、前方左右のパノラマが一気に開けます。
見晴らし抜群の岬は、「prospect-refuge-theory(眺望−隠れ場理論)」が特によく現れています。
縁側/テラス/窓
「縁側」「テラス」「窓」は、どういう存在でしょうか?
「外の世界」と「内の世界」のインターフェース(境界)です。
隠れ家で身を守りつつ、外の世界の様子が伺えます。教科書通りの「prospect-refuge-theory(眺望−隠れ場理論)」です。

実際、テラス席や窓際席に座りたくなるのが人情。「暑い/寒い」とか「席を立ちづらい」という別の理由で敬遠しますが、度外視したら、テラスや窓際が好きなはず。
後方から身を守りつつ、一方的に世界を見渡せるのは、とても気分の良いことです。
教室とかバスの後ろの席もか!
オフィスの四隅の席とかもね
窓であれば、高層階の窓で、外の世界が一望できると尚良いです。ただ高台から見下ろすよりも、隠れながら見下ろせる方が、脳にとっては強いご褒美です。
タワマンの高層階に住みたがるのは、こういう欲求があるわけです。
美しい構図【構造可視編】
迷った挙句、「構造可視」というセンスのない名前をつけてしまいました。
言いたかったのは、「世界の構造がつぶさに見える」と、脳は喜ぶよという話です。
多面が見えるアングル
立方体をイメージしてください。
真正面から見ると、1つの面しかわかりません。2次元で奥行きがわかりません。
- 水平方向(横)に少しズラすと、2面に増えて、奥行きまで見える
- 垂直方向(縦)に少しズラすと、3面に増えて、より立体的な構造がわかる
立方体は、全部で6面あるわけですが、3面が見えていれば、裏っ側の見えていない面も対になっているだろう(必ずしも対とは限らないが)という推測も立ちます。
3面見えていると、とりあえず物質全体の推測が立ちやすい。

ゆえに、斜め上45℃からのアングルは美しいのです。
動画やGIFを使うなら、ぐるりと回して全体アングルを映すのが良いですね。
実際、真正面のアングルってあんまないでしょ?
確かに!だいたい斜め!
ここで思い出されるのが、20世紀初頭の美術界で注目の的となったキュビズム。
後ろを向きながら、正面の顔が見えるなど、一視点からでは本来見えない面を可視化する画法でした。

ニューヨーク近代美術館
多面の可視化は、やはり深いところで脳の報酬になっているのですね。
半透明
何となく、半透明で透けていると、美しく感じます。
ウチの娘は、3歳頃ですかね。半透明を「キレイな色」と呼んでいました。ほんの子供でも、本能的に「透け」を「美」と解釈しているのです。

なぜなら、中の構造が見えるから。
立方体を半透明にしたら、見えていない残りの3面も見えます。さらに構造が可視化されます。
【人工物】
- レース編み
- スケルトンのたまごっち
- マッキントッシュのスケルトンボディ
- 機械式時計のシースルーバック
【自然物】
- 澄んだ水
- 氷
- 宝石
- クラゲ
- 透けている葉脈
また、「透けている物」と「透けない物」の違いは、「光を反射している」か「一部を透過させている」かの違いです。
透過も光の仕業。透け具合によって、どれだけ光を透過させているかという質感も推測可能になります。
もう耳タコだけど、光は問答無用で美しいのよ
比較対象
無地の背景に、物体がポツンと1つある絵面だと、物体の大きさがわかりません。
- 50cmなのか
- 5mなのか
- 50mなのか
脳は、知っているあらゆる物の大きさから、その物体のスケールをなんとか推測しようとします。形など、どこかの要素が似ている既知の物と比べるのでしょう。
しかし、やはり当てずっぽう。
できれば、正確に知りたい。
そこで、同じ枠内に比較対象があると、推測が一気に加速します。

肉眼で見た大きな満月は感動するのに、スマホでパシャっとしたら、なんかショボい。肉眼には映っていた比較対象が枠外に弾かれて、スケール感が消えてしまったからです。
そこで、
- ビル
- 電柱
- 山
のバックに月が来るように撮影する。
「美しい満月」が、「大きくて美しい満月」になりますね。情報量が増えました。
ある意味で、座標と同じ。1指標だと場所を特定できませんが、2指標あると2次元の場所は特定できます。3指標あると、高さまで特定できます。
比較対象が1〜2個あると、脳としては嬉しい
大きさ比較図鑑も面白いしね
よく、「100円玉」や「タバコ」で大きさを比較します。比較対象1個で正確に推測させるには便利ですが、いかんせん世界観が整いません。それはそれで美しくない。
比較対象を2個にすれば良いですね。それほどサイズ感がわかりやすい物でなくても、合計3個であれば、推測はかなり正確に機能しますよ。
滝

唐突に出てきた自然物。
進化過程の人類が見ていた水は、主に水面です。あるいは、雨粒。いずれにしても、水の重さとか、粘度とか、そういった質感がイマイチ伝わらないものです。
そこいくと滝は、
- 重力
- 水流
- 飛沫
を同時に見せてくれます。
人間にとって不可欠で、普遍の水。「水とは、こういう物質だったんだ」と、滝から感じ取れます。滝は、知らなかった世界の構造を教えてくれるのです。
噴水も同じだね
非日常
滝を例に出しましたが、同類の例は他にもあろうと思います。
日常世界では見る機会のない世界の一面を教えてくれる光景。
例えば、レアな自然現象。

- 雷もそう
- 入道雲もそう
- 火山の噴火もそうかもしれません
流れるマグマは、生命を脅かす危険なもの。手放しに「美しい」とは思わないかもしれません。
それでも、
- 「こんな熱そうで流動的な物体が存在するんだ」
- 「こんな粘っこい物体が空中に放り出されるんだ」
と教えてくれます。そこに、目が離せなくなるわけです。
結局、人が動物園や水族館に行くのも同じ。知らない世界の一面を教えてくれるから、楽しいと感じる。非日常の光景は、なんであれエンタメ性があるのです。
コラム)なぜ学校での学習はつまらない?
脳はこんなに世界を知りたがっているのに、学校の勉強はなぜつまらないのか?
おそらくは、五感情報が希薄だからでしょう。数学なんて特にそう。現実世界から一切手を引いて、抽象空間だけで学習を完結させています。
正味、世界を学んだ気になれない。学習のリターンを、深いところで脳が理解していないから、「退屈」という感情をアウトプットしてしまう。
体育や図工が面白く感じるのは、五感情報を伴って、世界を学んだ実感があるからでしょうね。
ファンタジーの世界は?
ファンタジーのフィクション世界に引き寄せられるのも、同じ理屈だろうと思います。脳は、未知の世界を学習しようとしているのです。

フィクションじゃあ、世界の学習にならないでしょうよ
ノンノン。脳に、真の意味でのフィクションなんてないから
脳は、「画面の向こう」とか「フィクション」を、深いところで認識できていません。進化過程に、「現実には存在しない映像」はありませんでしたから。
目に入る光景は、「全て実物」で、「触れられる距離にある」と解釈します。
ドラマや映画やマンガを鑑賞するのは、知らない世界を学習しているわけですね。
- 魔法の世界とか
- 刑事の世界とか
- 江戸時代の世界とか
- 大怪獣が襲ってくる世界とか
脳は、それも世界の一部と捉えます。日常にない絵面は、それだけで目を引くのです。
ただし、思いっきり日常から乖離させたら良いかというと、そうでもありません。
「口裂け女」は、かつて小学生達を震え上がらせた都市伝説です。
「怪談」ではなく、「都市伝説」なんですね。つまり、ファンタジーではなく、ギリギリ現実なのです。
もし口裂け女が、口以外はのっぺらぼうで、首が伸びて、足が一本しかなかったら?
妖怪の仲間入りです。何でもありの世界で、One of Them(たくさんあるうちの一つ)として、かえって目立たなくなるのです。
これは、「Minimally Counterintuitive Theory – 最小反直観性理論」という理論で語られている内容です。
当該カテゴリーの平均値からあまりに乖離してしまうと、カテゴリーの枠から外れてしまい、かえって差分が小さくなってしまいます。
要するに、外しすぎると、かえって注目度が下がるのです。
「ギリギリ現実にもありそう」くらいの塩梅の方が良い
ペガサスは出さない方が良いね
過ぎたるは、及ばざるが如し!
目に見えない世界の法則
冒頭の方で、「環世界」というけったいな概念を出しました。人間は、目に見えている世界が全てだと思っていますが、全くそんなことありません。
そんな、世界の見えない法則を発見させてくれる絵面は、やっぱり美しい。
「円環」のところで貼り付けた「星の軌道」もそうですね。

普通は見えませんが、シャッター速度を落とすことで可視化される世界です。高速道路を同じ手法で撮影すると、光の線が現れます。
- 航空写真
- 魚眼レンズ越し
- ミクロの世界
も普通は見えない世界。
だから美しい、というか興味深い。エンタメ性のある絵面になります。
ゴッホの凄さのポイントとして、「エネルギーを可視化した」とよく言われます。

それだけ聞いても、
「確かにそんな感じはする」
「けど、それの一体何が凄いんだろう?」
と思った人は多いはず。
その理由がこれ
納得したわ!
ポンチ絵

ポンチ絵は、主にはビジネス用語で、提案内容を1枚の紙面にギュッとまとめた概念図です。霞ヶ関やコンサルが得意としているもの。
ポンチ絵は、情報圧縮率が高いので、美しい構造を持っています。実際、「霞ヶ関芸術」なんて呼ぶ人もいるくらいです。
- 曼荼羅(マンダラ)
- 世界地図
も言ってみればポンチ絵。

www.yomiuri.co.jpより引用
同じような理由で、「俯瞰図」も情報圧縮率が高いですよね。視界内に、たくさんの情報がスッポリと収まっています。見晴らしとも共通します。
あまり「美しい」とは表現されないですが、脳は報酬として受け取っているのは間違いないでしょう。
世界地図って、美しいものなんだと思うよ
ディズニーランドの地図も!
騙し絵

騙し絵(トリックアート)には、現実にはありえないはずの構造が描かれています。
「え?ちょっと待って」
「これ、どうなってんの?」
と、脳は知らなかった世界を学習しようと躍起になります。

3次元では成立しない構図なので、2次元だけの特権です。
間違いなく、鑑賞時間は伸びてる!
それだけ強力ってこと。「美しい」とは言われてないけどね
美しい構図【余白編】
逆のことを言うので、混乱させてしまうかもしれません。
ここまで、
- 「情報量は多い方が良い」
- 「構造がよく見えた方が良い」
と言ってきました。
にも関わらず、ここでは「隠せ」という話をします。
世界のヒントが多く、推測が深まるのは良いことです。しかし、推測が完了して答えを見つけてしまうと、そこで関心を閉じてしまいます。
長く鑑賞してもらうため、あえて未解明の「余白」を残し、鑑賞者に埋めてもらう。そうしてしばらくの間、関心を開いたままにさせたいのです。
「続き」が気になる系だ!
心理学では、「ツァイガルニク効果」と呼ばれてるよ
逆光

逆光は、写真の失敗例のように思われがちですが、美の観点では優秀です。
- 光
- 影
- 隠蔽
が、同時複合的に発生する美味しい構図です。
霧
霧は、
- 距離情報を曖昧にする
- 境界を曖昧にする
しかし完全には隠しません。

晴れた森は、普通なら全部見えます。
しかし、霧がかかると、
- 手前は見える
- 奥は見えない
脳は、「奥に何があるのか」と推測を始めます。まさに穴埋め。
長谷川等伯の《松林図屏風 》は、余白で霧を表現しました。

描かないことで、鑑賞者の想像力を働かせる。高度なことをやっています。
霧の向こうは、どんな光景が広がっているんだろう?一歩足を踏み入れれば、少しずつ奥の様子が見えてきそう。そんな想像をさせてくれます。
奥へ続く道
道が遠方へと続き、消えていく。写真の定番です。
脳は自動的に、「この先はどうなっている?」と推測を始めます。
構造的には、トンネルも同じです。

「この先にどんな世界が広がっているんだろう?」という余白を残しているんですね。
トンネルは「光芒」もかかるから、絵になるね
ドア/扉/鳥居

https://suzume-tojimari-movie.jpより引用
ドアも、窓と同じく、「外の世界」と「内の世界」の境界です。
ただ、ニュアンスが違います。
- 窓:インターフェース(interface)→接地面
- ドア:スレッショルド(threshold)→戸口
窓を人は通りませんが、ドアは通ります。
窓は、外の世界を一方的に見ているだけで、両世界はつながってはいません。一方で、ドアを開けると、外の世界と内の世界がつながります。
推測余白の意味では、ドアの方が強いね
ただ外にポツンとドアがあるだけでも、ドアの向こうに別世界が広がっている予感がします。ドアとは、やはりゲートウェイなんですね。
- どこでもドア
- 『すずめの戸締り』の常世へ続くドア
は、ドアの性質をドンピシャで表していますね。
鳥居も同じです。鳥居の中は、外の世界とは別の空間が広がっています。

アニメ『電脳コイル』では、現実世界とAR世界を行き来するヤンチャな小学生達が描かれています。AR世界を取り締まる警察ロボットが悪ガキを追いかけるのですが、鳥居の中には入れない設定でした。
ドアも鳥居も、遺伝子に書き込まれてはいない文化の産物です。後天的に形成されたイメージですが、脳は強く反応しているように思います。
人の気配
推理もので、事件があった部屋に「暖かいスープ」が置いてあると、「おや?」っとなりますね。これと似た感じです。
そこに人は映っていないんだけど、人の痕跡がある。
- 雪の上の足跡
- 焚き火の跡
- 食事の跡
- 家の窓から灯りが漏れている
印象派画家アンリ・ル・シダネルの《夕暮の小卓》は、この雰囲気がよく出ています。

手前のテーブルは、一杯やった後でしょうか?
次は、奥の建物の灯りに目が止まります。
きっと夕食ですね。家の大きさからすると、ファミリー世帯でしょうかね。そこそこ立派なお家ですから、なんとなく社会的階級も伺えます。
花とか、水面とか、反射とかもポイントよね
あぁ、ちゃんと押さえてるんだ!
部分的な隠蔽
もう、しのごの言わず隠しちゃう。
- 顔の半分だけ見える
- ドアが少し開いている
- カーテン越し
ポイントは、少し見せておくこと。

見せておくことで、見えない部分が「余白」になります。脳は、その余白を埋めなきゃいけない衝動に駆られます。
もう強迫観念よな
無意識がオートで埋めようとしちゃうんだね
目の前に実際にあれば、すぐさま開けるのでしょう。しかし、画面の中のそれを開けることはできない。
「その先に何が…!」
「見てぇ…!」
という関心を、長くキープさせることができます。
「ロングスカートにスリット」みたいなものです。ミニスカートよりも、同じ丈までスリットが入ったロングの方がエロいのです。
美しい構図【ストーリー編】
「次に何が起こるんだろう?」という余白を生むのは、こちらも同じです。
違うのは、画面上に余白を設けるのではなく、文脈に余白です。
目線

sfgalleries.netより引用
人間は、他人の視線を追うようにできています。
- どこを見ているんだろう?
- なぜ見ているんだろう?
という余白を埋めたくなるからです。
1つの目線を加えることで、1つストーリーが生まれます。
2つあれば、もう1つ追加でストーリーが生まれます。
何個も目線があれば…
それだけ、鑑賞の余白が引き伸ばされる
動き出しそう
絵画の世界では、「躍動感」とか「生命力」とかいう言い方をされます。
それがなぜ脳の報酬になるのか?
「次のコマで何か起きそう」という、予測余地が生まれるからです。

静止物であれば、1秒後も10秒後も同じ絵面です。影や光があれば変わりますが、それもなければ、10時間後だって同じ絵面でしょう。
静止物は、余白が少ない
そっか。でも影があると、情報足されるんだね。復習、復習
一方で、今にも動き出そうとしていると、「この後、何が起きるんだ?」という推測余地が生まれます。ここに、鑑賞の余韻が残るのです。
「既に動いている」よりも、「これから動き出す瞬間」の方が良いですね。
既に動いていると、慣性が働いて、1秒後も同じ絵面を予測しやすいです。
一方で、これから動き出す瞬間は、1秒後に何が起こるか読めないのでドキドキします。その興味関心も、美しさの内ということです。
決着の直前
「動き出しそう」と似ていますが、厳密には逆パターン。既に動いているものが、何かの決着をつける直前の絵です。
例えば、
- 棚から落ちて地面直前の花瓶
- 窓ガラスに近づいた野球ボール
- 彼女に指輪を渡した男性
- ホールまで10cmのゴルフボール
作用は同じ。「結果はどうなる!?」という余白が生まれます。
なので、「ゴールを決めた瞬間」よりも、「ゴールする直前」の方がエンタメ性が高い。

ゴールしたら、結論出て関心も終わっちゃうからね
サビの直前が1番良いみたいな感じ!
テレビCMで体験している通り、決着を見届けるために関心が持続するわけです。
もはや、「美しい」とは呼びづらいですね。しかし、冒頭の通り、「美しい」「楽しい」「興味深い」は、深いところでかなり近しい感情なのです。
美しい構図【3つか5つ並べろ】
他の章に突っ込みづらかったので、別個にしました。
同じモノを、3つないしは5つ並べるというテクニックです。
整列の話ではなくて?
違うのよ。整列と併用して使えるんだけど、別の話
サビタイジング

「サビタイジング」とは、パッと見で、瞬時に何個あるかを把握する能力のこと。
「1、2、3…」と数えるのではなく、視覚的に数を把握するわけですね。
大体、3〜5個程度と言われています。
「マジカルナンバー」という心理学の理論では、短期記憶が覚えておける数は、やはり3〜5個程度という結論になっています。
その閾値を超えると、正確な数を把握するには数えなければなりません。認知負荷が高い(面倒くさい)ので、「たくさん」と認知して終わらせます。
それはわかるけど…
「それに何の意味が?」って疑問よね
何が言いたいかというと、
- 1個→即理解して終了
- 2個→1個よりは少し時間かかる
- 3〜5個→もう少し時間かかる
- 6個〜→「たくさん」と理解して終了
となります。
よくよく考えてくれるのが、3〜5個の間ということ。それだけ、鑑賞を長引かせる効果が期待できるということです。
なら、「5」が1番良さそうで、実際それでも良いのですが、中には「3」で限界の人もいます。誰でも把握できる「3」が安牌でしょう。
4個はダメなの?
「3」と「5」が良いなら、「4」ではダメなのか?
ダメとは言わないですが、だったら「3」か「5」に寄せた方が良いです。
一般的に、「奇数の方が目に止まる」と言われています。
割り切れないことでスッキリさせず、脳に考えさせる効果があるからでしょう。
あるいは、キリの良い数字は、人がキリ良くまとめた感が出るという説も。中途半端な数だと、作為がなく、「結果、本当にその数字だったんだ」という印象になるとか。
やっぱり「3」が黄金比

世の中は、「3」でまとめられた概念が非常に多い。
- 3分割法
- 3幕構成
- 俳句の3節
- 3カウント
- 3アウト
- 松竹梅の3グレード
- 3種の神器
「四天王」「5レンジャー」「7つの海」もありますが、「3」には敵いません。
脳にとって、「3」がもっともフィットする数なのです。状況証拠的に決まりでしょう。
「ポイントは…」と聞いたら
「3つあります!」が来るよな
実際に、写真でも、
- 木が3本
- 人が3人
- 山が3つ
みたいな構図は多いですよね。
感覚的に「なんか収まりがいい」で撮っているのだと思いますが、実際には、脳にとって心地よい「3」に収束しているわけです。
微妙に違う3つを
「よしわかった!3つ並べるわ!」と思ったあなた。
いやいや、まだ先がありますよ。
並べるものは、全く同じ3つではなく、ちょっとずつ違う3つが良いです。
リンゴを3つ並べるなら、
- 色が違う3つ
- 大きさが違う3つ
にしましょう。
えー?何で何で!?
違いがないと学習にならない

これまで散々、「世界」とか「予測モデル」とか、わかるようなわからないようなことを言い続けてきました。
改めて、人間は世界をどう捉えているか?
冒頭にも少し触れましたが、全ての事物を1つ1つ見て回ることはできないわけです。そんな制約がある中で、世界を把握しなければならない。
再び、「犬」を例に考えてみましょう。
1匹1匹で、
- 大きさ
- 模様
- 顔つき
- 鳴き声
- 性格
などが違いますね。
全ての特徴を完全一致で判別しようとすると、まだ出会ったことのない犬が寄ってきたときに、「これは何という生き物だ?」となってしまいます。
新しく見た犬を「犬だ」と判断できなければ、何の予測にもなりません。
「これは犬だ」と判断するに適当な「犬らしき共通項」を引っこ抜かなきゃいけないですよね。
プラトンが「イデア」と呼んだ概念に近いね
犬のイデアを理解してなきゃいけないと
- 「学習する」とは、
- 「予測モデルを立てる」とは、
個別具体的なモノから共通項を引っこ抜いて、世界を圧縮理解することです。
色や大きさが違っても、「これらは同じ犬なんだ」と一括りにできるからこそ、世界を圧縮して理解できるわけです。学習とは、そういうこと。
何か共通点がある3つを並べましょう。
この際、「ちょっと違う」じゃなくて、「結構違う」でも良いです。
脳は、その3つに共通する法則を探し、見つかると喜びます。そのとき割り当てられる報酬が、「美しい」という感情なのです。
おまけ)あの名画はなぜ美しい?
最後に凄いやつ持ってきました。
彫っても神。描いても神。
典型的な異能ルネサンス人、ミケランジェロの超大作《最後の審判》です。

バチカン宮殿 システィーナ礼拝堂
パッと見ただけで、「うわぁ…」ってなります。
この絵を目の当たりにして、プイッと顔を背けることはできないでしょう。今しばらく眺めていなければならない気持ちになります。
その、感情はどこからやってくるのか?
そもそもこれは何を描いている?
本題に入る前に、題材についてクイックに触れておきます。
キリスト教の宗教画であることは、言うまでもないですね。
画題の「最後の審判」とは、いつか来る終末の日に、全ての死者は蘇り、生者とともに、神の審判を受けるイベント。
- 神に選ばれた者は天国へ
- 神に選ばれなかった者は地獄へ
いわゆる「終末論」のことです。
キリスト教は終末論宗教だからね
クリスチャンが、なぜ聖書の言いつけを守るのか、なぜ祈りを捧げるかといえば、この終末の日に、神に選ばれるためにやっているわけです。
その審判の瞬間を描いています。数ある宗教モチーフの中でも、最終回パートです。
- 真ん中にいる神々しいのが「イエス」
- その隣にいるご婦人が「聖母マリア」
- イエスを取り囲んでいるのは「聖人」
で、周りには一般人やら、天国サイドの天使やら、地獄サイドの悪魔みたいな奴らがいる。そういう構成です。
- 向かって左が「天国」行き
- 向かって右が「地獄」行き
ということになっています。
イエスの手振りもそんな感じに見えるね
どこが凄い?
ここまでの説明を踏まえて、この名画を解説していこう!
この絵の中には、以下が盛り込まれています。
- 光:明るさや影の付き方から、中心のイエスから光が放たれている
- 凹凸:筋骨隆々で、過剰に影ができている
- 目線:多くの人物が、明確にどこかを向いている
- 非日常:誰もまだ見たことながい終末の日
- シンメトリー:ほぼ左右対称な構図
- 円環構造:大きく時計回りの構図
- ポンチ絵:全体構造を1枚に圧縮
そう。盛り盛りなのです。
ミケランジェ作品は、彫刻でも絵画でも、筋肉ムキムキだったり、彫りが深かったりします。過剰なまでに凹凸が出て、陰影がスゴいことに。
もちろん、この作品を紹介したいがために、上で列挙したきたわけじゃないですよ。結果的にそうなっていたのです。
す、すげぇ!!
一応、歴史的背景も
本記事は、あくまで「見た目」だけを対象にしているので、背景情報は抜きにしています。
ただ、この絵については、「背景の美」も少々語っておこうと思います。
描かれているのは、キリスト教的世界観のラストを飾る審判の日。まさに、見えない世界の法則を可視化していますね。
世界最大級のポンチ絵!
仏教のマンダラとも近いね
ミケランジェロがこの壁画を描いたのは、16世紀のルネサンス期。これからようやく科学が萌芽するという時代で、まだまだ宗教の世界観が強い時代です。
当時の人からしたら、「最後の審判」は、いつか本当に来るもの。真実の話なのです。ところで現代でも、終末論を信じている一神教信者は大勢いるんですよ。
いつ来るかはわからないですけど、終末の日には、死んだ人間も全て生き返りますからね。どれだけ遠い未来であっても、自分が目の当たりにする光景です。
「うわぁ…。これが来るんだ…」
と思ったら、身震いもするでしょう。
仏教徒や無神論者にとっては、ほぼ見た目だけで鑑賞する作品です。見た目だけでも、十分にスゴいですけど。
敬虔なクリスチャンにとっては、それもルネサンス当時のキリスト教圏の人々には、重みが違います。よほど目が離せない作品だったに違いありません。
撮影のヒントに

作品を撮影するときは、無地の背景に作品だけを置いたシンプルな構図が多いですね。
また、太陽が高い正午近くで、なるべく影ができず、実物に近い色味で撮影するように心がけていると思います。
物撮りの基本はこうよね
んだんだ
作品を「イラストレーション(説明)する」なら正解です。その絵面は、商品ページ内の何処かには挿入しておく必要があります。
ただ、手放しで喜べません。作品をよく知ってもらうには正しい絵面ですが、脳にとっての報酬は低い。言っちゃ悪いですが、エンタメ性のない、つまらない絵面です。
- 作品を説明する画像
- 思わずスクロールする指が止まる画像
は、全く別物だということです。
冷静に考えたら当たり前のこと。実物を忠実に描けば良いだけなら、画家も写真家も苦労しません。そうじゃないから、創作の苦しみを味わっているわけです。
この辺りを理解できると、戦い方が随分変わってくるのではないでしょうか?
